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新宿で「暴動」 若者の反乱「全共闘」をふりかえる

18歳選挙権の導入に伴い、高校生の政治活動も一部自由化。実はこれ、大学紛争(全共闘運動)が盛んだった1960年代後半、高校にまで波及した学生運動を、当時の文部省が全面禁止にしたもの。当時は多くの大学がバリケード封鎖され、新宿では騒乱罪が適用されるなど「若者の反乱」の時代。教訓も込めて、ふりかえる。

更新日: 2018年06月28日

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aku1215さん

■選挙権が18歳に引き下げられた

公職選挙法の改正により,2016年6月19日以降初めて行われる衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙から,投票に際しての選挙権年齢が「満18歳以上」に引き下げられる。

若い人たちに、選挙を通じて政治に対してもっと意見を出してほしいという狙いもある。

NHKでは新たに選挙権を得ることになる若者たちを対象に、世論調査を実施。2016年の参議院選挙に「必ず行く」と「行くつもりでいる」という回答を合わせると、約60%。

一方で、投票に行くことについての不安や戸惑いがあるかどうか尋ねると、「ある」と答えた人は合わせて49%。

■高校生の政治活動も解禁 禁止されていた背景には「全共闘」

文部科学省は10月29日、高校生の政治活動を全面的に禁止した通知を46年ぶりに見直し、休日や放課後の校外に限り容認する新たな通知を各都道府県などに出しました。

高校生の政治活動をめぐり文部省(当時)は昭和44年、大学紛争に伴い高校でも授業妨害などが相次いだため、全面的に禁止する通知を出しました。

解禁された高校生の校外での政治活動が、学校現場で新たな議論を呼んでいる。届け出制を導入する高校がある一方、「生徒の自主性を尊重する」として届け出制を不要とする高校も少なくない。

■全国の大学に広がり、一部高校でも盛んだった「全共闘」と余波

全学共闘会議の略。68年から69年にかけての大学闘争で、従来の学生自治会とは別に大学改革を掲げてつくられた。全国の大学に広がり、一部では高校生も参加した。

フランスの五月革命などの世界的な学生反乱の動向や中国の文化大革命にも影響をうけ,また国内のベトナム反戦運動の高揚などとも相まって,1968年―1969年,連鎖反応的に爆発。

無党派学生や政治活動に比較的関心の少ない学生が多数結集し,ピーク時には全国165大学が紛争状態,70校でバリケード封鎖が行われた。

一九六〇年代後半から七〇年代初め、高校生が学校や社会に激しく異を唱えた。集会やデモを行うのみならず、卒業式を妨害し、学校をバリケード封鎖し、機動隊に火炎ビンを投じた。

■テリー伊藤ら現在活躍する多くの著名人が学生時代に参加

テリー伊藤(演出家、タレント)

1968年、テリーさんは日大闘争でデモ隊の先頭にいたために、後方から飛んできた投石によって左目の視力がほとんど失われた。

日大闘争=日本大学における大学紛争。東大闘争(紛争)と共に有名。

塩崎恭久(第一次安倍内閣 官房長官)

僕は高校一年から社研ですよ。社会科学研究部。これが中核派なんだ。砂川にデモに行きました。そこに先生もいるんだよね、新宿高校の先生が。

新宿高校も、坂本と僕と馬場は三年だったけど、二年生と一緒になって十日ぐらいストをやったかな。基本的には自由な教育を求めてね。

坂本=坂本龍一
馬場=馬場憲治。石川さゆりの元夫。『アクション・カメラ術』でベストセラー。

猪瀬直樹(前東京都知事)

1946年に長野県に生まれた猪瀬は、60年代後半、全国的に学生運動の嵐が吹き荒れるなか、信州大学の全共闘議長を務めた。

■代表的な事件

佐世保エンタープライズ入港反対闘争(1968)

昭和の黒船とも言うべきアメリカ原子力艦艇の入港は国論を二分し、全国民の目が佐世保に集まりました。

エンタープライズの入港に反対する革新団体や学生たちは、早くから続々と佐世保に集結、去年の羽田事件などで激しい闘争をした反日共系三派全学連は、ここでもアメリカ軍基地に通じる平瀬橋や佐世保橋で警官隊と4度衝突を繰り返しました。

エンタープライズ入港の前日には、社会党や共産党、総評の主催する5万人抗議集会が開かれ、一方、公明党も初めて、独自の抗議集会を開きました。各地で抗議の集会やデモが繰り返されました。

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