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ミスター百貨店・山中 鏆の経営術

伊勢丹の専務から松屋に移り再建を果たしたのちに東武鉄道の根津嘉一郎氏から三顧の礼で迎えられ東武百貨店の再建も果たしました。しかも再建を果たしたあとは創業家に大政奉還していることも人気の秘密です。「百貨店経営の神様」または「百貨店業界の仕事師」などとも称されていました。

更新日: 2016年05月14日

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m.satoakiさん

伊勢丹が出発点でした

慶大アイスホッケー部の先輩であった小菅丹治(のちに伊勢丹の社長)との縁で伊勢丹に入社しました。

上司の山本宗二に出会ったのが大きな転換となった

山中のこの手腕は、伊勢丹時代に、一人の優れた上司のやり方を徹底して学ぶことによって得られたものである。
のちに東急グループ総帥の五島昇の肝煎りで東急百貨店に移り、副社長として経営を再建、百貨店の神様と呼ばれた山本宗二である。

松屋の再建

当時の松屋は多店舗戦略やゴルフ会員権販売の失敗、またオイルショックの影響を受け、売上は対前年比マイナス97%の経営危機に瀕していた。

徹底した現場主義

CI(コープレートアイデンティティ)導入に際しては、日本のCI導入史に残るプロジェクトともなった。
ハード面の投資とは別にソフト面での再建対策として、全社員に対しても経営参加姿勢を促すため、閉店後に売場で社員集会を開き、40-50分かけて直接対話により徹底討論する機会を毎週1回のペースで設けた。

山中さんの人材育成にかける情熱は並み大抵ではない。

ノードストローム・ウェイは山中さんが本来持っていた「山中ウェイ」とぴったり重なり合うものだった

東武百貨店の再建

東武鉄道の根津嘉一郎氏から三顧の礼で迎えられ東武百貨店の再建と息子の公一氏への帝王学をお願いされました。

聞く人の心を掴む山中語録

「怒らず恐れず悲しまず」
「雇われマダムの山中です」
「心の温かい人が最後には勝ちますね」

社員同士の和がない企業では、お客様との和もなくなり、トラブルが続発する

とにかく、お客様にとっていつも来たいと思う楽しい店、お取引先からはぜひ取引をしたいという店、また皆さんにとっては働きがいのある、生きがいのある店、というような店にしたいと考えております

「お客様に売るのではなく、お客様の願いや思いを汲み取り叶えて差し上げて下さい」というスピーチをしたそうです。また、東武に商品がないときは池袋西武に問い合わせて、向こうに商品があればその情報をお客様にお教えするような態勢にしたそうです。

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