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positibraveさん

◆笑点

日本のテレビ史における“最長寿の演芸番組”として、1966年より放送
2016年5月で50周年

初代:7代目立川談志 1966/5/15~1969/11/2

「『笑点』ってのはよう、アタシが作った傑作なんだよ」

2代目:前田武彦 1969/11/9 ~ 1970/12/13

1960年代、それまで台本を読み上げる形式が一般的だった放送司会に「フリートーク」、「楽屋オチ」、「世間話」といった手法を持ち込み、最盛期にはその毒舌と絶妙な話術から「フリートークの天才」と呼ばれた。
新オープニングテーマ(中村八大作曲)の作詞も行った。

3代目:三波伸介 1970/12/20~ 1982/12/26

昭和期を代表するテレビスター
元々落語に造詣が深かった事もあり、並み居る落語家達を相手に大喜利を取り仕切った。大喜利では、談志時代のナンセンスなブラックユーモアを主体にした掛け合いから落語家の丁々発止による掛け合いに代表されるような、分かり易いドタバタ路線に変えた。番組自体の人気を上げたことはもちろん、自身がピン芸人としてブレイクするキッカケとなった。

三波急逝後に司会打診を受けた面々

愛川欽也は正式な新司会者就任の打診があったが、「落語家さんの評価をする事なんてとても自分には出来ない」との理由でこれを固辞している。同様のオファーは愛川以外にも、生前三波と親交の深かった伊東四朗、中村メイコ、東八郎に加え、愛川と並ぶ当時の人気司会者であった山城新伍にもあったが、何れも愛川と同様の理由で司会就任を辞退

4代目:三遊亭圓楽 (5代目) 1983/1/9~ 2006/5/14

三波が司会をしていたころの司会者の強烈なキャラクターを柱とした番組から、スピーディーにやり取りする中でメンバーのキャラクターにクローズアップし、司会者だけでなくメンバー全員を主役とするという新しいスタイルに移行

5代目:桂歌丸 2006/5/21~2016/5/22

前身番組の『金曜夜席』第1回から出演。
2016年4月30日、同年5月に『笑点』が放送開始50周年を迎えることを機に、5月22日の放送を以て司会者を勇退

◇名物は歌丸ジェノサイド

笑点の大喜利において司会の桂歌丸が全員の座布団を全て没収すること。

6代目:春風亭昇太 2016/5/29~

喋る途中で呂律が回らない、舌を噛むという師匠柳昇と同様の欠点があり、「カミカミ王子」を自虐ネタとしている。歌丸司会時代では座布団10枚を3回経験している一方で、6代目円楽(前名楽太郎)が率いるブラック団の一員として団長の6代目円楽以上に毒のきつい歌丸罵倒ネタを時折言い放つこともあることから、「一度の座布団剥奪の最高記録(9枚)」という不名誉な記録も持っている

「歌丸師匠の後っていうのはプレッシャーはありますけど、考えてもしょうがない。一生懸命やります」

◇起用理由

中村博行プロデューサーは、それぞれのキャラクターがある中で「考えていったら、1人いたなと。若手大喜利の司会もやっていましたし、いいんじゃないかなと」と“消去法”で残ったのが昇太だったと明かし「昇太師匠が司会になれば、また強い違う形ではあるが、歌丸師匠がいらっしゃったころと同じ強いチームになるなということを決めさせていただきました」と説明

◇評価は上々

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