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ramo777さん

またもや米軍による事件

うるま市大田の会社員島袋里奈さん(20)が4月28日から行方不明になっている件で、県警は19日午後、重要参考人として任意で事情を聴いていた元海兵隊員の米軍属の男(32)=与那原町与那原=を死体遺棄容疑で緊急逮捕した。

男の供述に基づき、本島北部で女性の遺体を発見した。

沖縄県の翁長雄志知事は

「米軍基地がある中に、なおかつ日米地位協定という人権に関わる大きな問題がありますから。国民全体でね、共有できないというようなものは、やはり沖縄の置かれているね、厳しさかなと」と述べた。

翁長知事は、「もし、在日アメリカ軍の関係者による犯行だとしたら」と前置きしたうえで、沖縄県で米兵らによる事件があとを絶たない状況などにふれ、「沖縄県が置かれている厳しさがある」と強調した。

一歩間違えば・・

死体遺棄容疑で逮捕された元海兵隊員で米軍属の男(32)=与那原町=の捜査に、日米地位協定の「壁はない」(沖縄県警)。男は今後、日本の国内法に基づいて裁かれることになる。

在日米軍司令部によると、男は軍属の中でも地位協定適用の“特権”が受けられるSOFAと呼ばれる地位を与えられていた。

雇用契約によって同協定の適用を受けない「軍属」がいる中で、SOFAは「法制度上は限りなく軍人に近い保護」(日本人基地従業員)を受ける立場だ。

日米地位協定17条は第1次裁判権について、米軍人・軍属の公務中に起こした犯罪は米国にあり、公務外の場合は日本にあると定める。

だが公務外でも、米側が先に身柄を確保すれば原則起訴まで日本側に引き渡されない。

今回は公務外だったことに加え、米側の確保前に県警が身柄を押さえたため「壁」はなくなった。だが一歩違えば、地位協定を盾に米側が男の身柄を確保し引き渡さない可能性もあった。

日米地位協定とは

この事件はネットでも話題になっている

彼女は息子と同じ20歳。息子は、小学5年生の少女が米兵に暴行された、あの事件の年に生まれました。沖縄の怒り、悲しみに、この20年間、私たちは、日本政府はどう向き合い、何をしたのかを真剣に問わなければ。 fb.me/4HosrJ2w3

大事なのは、犯人が米兵かどうかじゃなくて、何故このような卑劣な事件が起きたのか。そして今後防ぐために、どのような措置を取るべきか。なんだと思う。 ご冥福をお祈りします。 LINE NEWS news.line.me/issue/f3559d49…

アメリカ軍が沖縄にある、沖縄島の2割は米軍基地だ。米軍基地が沖縄にできてから70年間、米兵によるレイプ事件は後を絶たない。米軍は兵士達がフェンスの外で性暴力事件を起こさないよう綱紀粛正や再発防止など様々な手立てを行ってきたが全て失敗に終わっている。

沖縄米兵少女暴行事件

1995年(平成7年)9月4日午後8時ごろ、沖縄のキャンプ・ハンセンに駐留するアメリカ海軍軍人でいずれも黒人のA(22)、アメリカ海兵隊員B(21)、C (20)の3名が

基地内で借りたレンタカーで、沖縄本島北部の商店街で買い物をしていた12歳の女子小学生を拉致した。

小学生は粘着テープで顔を覆われ、手足を縛られた上で車に押し込まれた。その後近くの海岸に連れて行かれた小学生は強姦され、負傷した。

沖縄では8万5千人が集まり、地位協定の見直しを訴える

1995年9月に起きた米兵による少女暴行事件では、米軍当局が容疑者の米兵の身柄の引き渡しを拒否。沖縄県民の反発は大きく、県民総決起大会では8万5000人が集まり地位協定の見直しを要求した。

この事件により、起訴前の段階での日本側への引き渡しが可能になったが、地位協定の抜本的な改善はしていない

少女暴行事件後、米軍人・軍属の身柄引き渡しに関し、日米地位協定の運用上、殺人や強姦(ごうかん)事件については、起訴前の段階での日本側への引き渡しが可能になった。ただ、米側の裁量に委ねられており、地位協定の抜本的な改善は実現していない。

沖縄少女暴行事件を題材として映画「沖縄うりずんの雨」

ユンカーマン監督の心に最も残ったのが次の言葉だったという。「もし許されたとしても地獄行きは変わらない」「許しを祈ってもどのみち地獄に落ちる。僕はそう思っています」元米兵は語った。

沖縄で少女暴行事件を起こした元米兵が実名・顔出しで当時や現在の心境を語っている。犯罪加害者が公の場で語ることの意味を改めて考えさせられる映画。

1955年に起きた 嘉手納幼女強姦殺人事件

1955年(昭和30年)9月4日、嘉手納村(現在の嘉手納町)の原野において、幼女の遺体が発見された。現場はアメリカ軍の通信基地に近く、発見者はアメリカ軍の軍人であった。

遺体は強姦されており、また、下腹部から肛門にかけては刃物によって切り裂かれていた。

その後、死亡していたのは石川市(現在のうるま市)に住んでいた6歳の幼稚園児であったことが判明した。

また、遺体には茶褐色の毛髪が付着していたことから外国人による犯行が疑われ、アメリカ軍の捜査機関と琉球警察による合同捜査が行われることとなった。

殺害された幼女はエイサー見物していたところを白人男性に連れ去られたとの目撃情報があり、アメリカ軍は慎重な捜査の後に容疑者の軍曹を逮捕[いつ?]、同年9月9日に公表した。

6日後、またも米軍による事件 このことで「子供を守る会」が結成される

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