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makkarockさん

舛添要一の元妻、片山さつき自民党参院議員が語る。

「演技力だけはあるんでしょ。でも“公”の意識がない。人の命を預かるトップにしてはいけない人なんです」

「利用できる人はなんでも利用する人なんです。彼にとって他人は、利用する、あるいは寄生する対象でしかない。私との結婚も、大蔵省の女性キャリアという肩書を利用したかっただけ」

舛添要一との結婚当時

若かりし日の舛添要一

1986年、片山氏は大蔵省(現財務省)に勤めていた27歳のときに、10歳年上の舛添氏とお見合い結婚をした。

当時、舛添氏は東京大学助教授。この結婚が、突然、夕刊紙の1面で報じられたのだ。

「夕刊紙の女性記者に、“結婚を記事にしてくれ”と自ら売り込んでいたんです。さらには、テレビのワイドショーで結婚式が報じられ、親戚から“なんでこんな売名をするんだ”と両親が責められてしまいました」

「結婚生活では、『“大蔵省の女性と結婚したから、さぞ金回りがいいだろう”と友達に言われた。でも何ひとついいことがない』と言われました。私はまだ係長で手取り20万円ちょっとの安月給だったのに、5万~10万円、お金を入れさせられました」

舛添要一のDV

仕事で遅くなると、「遅く帰ってきやがって」と一方的にまくしたて、さらにはまわりの物を投げつけてくる。

「あまりに怖くて、夜、逃げるようにタクシーで実家に帰ったこともありました。別居を決めて、うちの父に家財道具を取りに行ってもらったんです。そしたら、悔しかったのか、私の私物に上から踏みつけたとしか思えない跡がありました」

片山さつきが離婚を考えて、舛添要一の身辺を調査した結果、妊娠している愛人発覚

3カ月で離婚を考え、弁護士に相談。すると、舛添氏には愛人がいて、妊娠中であることもわかった。離婚調停を申し込むが、舛添氏は応じない。結局、離婚が成立したのは、結婚から2年3カ月後だった。

片山さつきの舛添要一評

「ビートたけしさんがおっしゃっていましたが、“東大(教授への道)がダメになり、タレントで名前を売って政治家となり権力欲を満たすだけの人”。品性、品格のある政治など、この人には無理。それでも、都知事に居座るでしょうね。ここで辞めたら、もう後がないから。引き際とか考える人じゃないんですよ」

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