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ナチス・ドイツ抵抗したミュンヘン大学生たちの『白バラ抵抗運動』の歴史

ナチス・ドイツ抵抗したミュンヘン大学生の運動は、今でもドイツ国民の中に大きな影響を与えています。

更新日: 2019年03月25日

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misukiruさん

ヒトラーの政権下では個人の自由すら圧迫され、趣味や娯楽、自由な言動すら制限されていたことを、思い出さなくてはいけないでしょう。

ゾフィー・ショル、享年21。
ハンス・ショル、享年24。
クリストフ・プロープスト、享年23。

ミュンヘンの大学生であったメンバーは1942年から1943年にかけて6種類のビラを作成した。その後グループはゲシュタポにより逮捕され、首謀者とされるハンス・ショルほか5名がギロチンで処刑された

◆ミュンヘンの白いバラ運動

白いバラはミュンヘン大学の学生で構成されていた。ハンス・ショルとその妹ゾフィー・ショルを筆頭に、他にもクリストフ・プロープスト、ヴィリー・グラーフ、アレクサンダー・シュモレルの3人の学生、およびクルト・フーバー教授らが活動に参加していた。

グループは、1942年6月から7月にかけて4種類のビラを作成し、郵便などで配布した。1943年に入ると、1月に5種類目のビラ「全ドイツ人への訴え」を作成して各地で配布した。

◆妹のソフィーは、誘導を拒否する

「兄にそそのかされただけ、何も知らなかったと証言しなさい。そうすればあなただけでも助かる。まさかこんなことになるとは思っていなかったのでしょう」

戦争が終わっても、白バラの精神は受け継がれました。ミュンヘン大学のそばには「白バラ記念館」が建設。

ミュンヘン大学正面には、白バラの撒いたビラをセラミックタイルであらわした記念碑があります。

戦後のドイツでは、白いバラの活動、なかでもショル兄妹に、惜しみない賞賛が与えられている。ミュンヘン大学の大講堂がおかれている一角は、兄妹にちなんだ "Geschwister-Scholl-Platz"(ショル兄妹広場)、隣接する広場は "Professor-Huber-Platz"(フーバー教授広場)と名付けられている。

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