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【中学歴史】大正時代のまとめ

大正時代は明治以来の藩閥政治から政党政治に移り変わった時代です。

更新日: 2016年12月27日

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■大正時代っていつから?

明治天皇がなくなって大正天皇が即位したとき1912年から(15年間だけ)

■大正時代ってどんな時代?

2度に及ぶ護憲運動※が起こり、明治以来の藩閥政治から政党政治に移り変わった時代。
=大正デモクラシー

※第一次護憲運動
立憲政友会の尾崎行雄と立憲国民党の犬養毅らが中心となって、薩長出身者が政権を独占する藩閥政治を倒し、議会中心の政治を行おうとする運動

※第二次護憲運動
貴族院出身者で固められた清浦内閣を高橋是清、加藤高明、犬養毅が打倒を進めた運動。普通選挙権を求める動きも活発化する。

■大正デモクラシーの思想を築いた学者

大正デモクラシーの背景には2人の学者がいました

吉野作造により民本主義による政治が提唱された事を背景に、次第に普選運動が活発になっていった。

民主主義ではなく民本主義?

「民本」(みんぽん)という語の理由は、当時の日本の主権者は天皇だったので、「民主主義」という語は天皇の主権を侵すことと考えられていたので、「民本」と言う語を吉野は用いた。

美濃部達吉は『憲法講話』を著し天皇機関説を提唱した。それは天皇主権説に反対し、議会が独自の機能を持つことを理論的に基礎づけ[1]、国家が統治権の主体であるべきと主張し政党内閣制を支持した。

■初の政党内閣

護憲運動とともにシベリア出兵が原因となって起こった米騒動により、ときの内閣が総辞職に追われ、初の政党内閣が誕生する

”シベリア出兵”
連合国は、ロシア革命が周辺国に広がることをおそれ、革命反対派に協力するため、1918年にシベリアに出兵した。イギリス・フランス・アメリカ・日本が出兵。日本は約7万人の軍隊をシベリアに出兵した。

”米騒動”
好景気にともない、物価が上昇した。特に戦争により米の輸入が減ったこともあり、米の価格が上昇した。 またシベリア出兵のため、米の買占めも起きた。富山県で主婦たちが米屋に安売りを要求して暴動がおきたことをきっかけに、全国で米の安売りをもとめる暴動が起きた。

原内閣は、軍部と外務大臣以外の大臣が、すべて政党出身(立憲政友会)であり、はじめての本格的な政党内閣だった。

加藤高明内閣で、普通選挙制が成立。満25才以上のすべての男子に選挙権が与えられた。

■社会の変化

①女性解放運動

平塚らいてう(ひらつか らいちょう)は文学団体の青踏社(せいとうしゃ)や政治団体の新婦人協会を立ち上げ、女性の地位の向上や、女子の選挙権の獲得を目指す女性解放運動を行った。

②部落解放運動

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