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永遠の夢に!?これが「氷室」氷室京介のラストライブ!BOOWY再結成や布袋寅泰との共演は無かった。

再結成の機運が最も高まったのは11年。東日本大震災を機に、氷室は20年近く封印していたBOφWYの曲を本格的に解禁。ただ、単独で全曲BOφWYのライブを行うことを選択し、布袋は無念の思いを表明した。

更新日: 2016年06月03日

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学生時代はライバル関係 常に氷室の背中を追ってきた布袋

氷室京介、布袋寅泰というBOΦWYの2大看板が今も現役のトップ・ソロ・アーティストとして君臨しているので、BOΦWYそのものが色あせていない、ということも重要な事実だ。

学生時代にそれぞれバンドを組んでおり、ライバル関係にあった。

先に上京したのは氷室。思うように音楽活動が進まず、行き詰まっていた80年、布袋を東京に呼び出してバンドを組んだ。

このバンドが、のちのBOφWYだ。

1981年、群馬県高崎市出身の氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に結成される。

初ライブ後に高橋まことが加入し、1982年にデビュー。

当初は6人編成だったが同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動する。

BOΦWYはボーカルの氷室京介、ギターの布袋寅泰、ベースの松井恒松、ドラムスの高橋まことからなる4人組ロック・バンド。氷室の男っぽくもスタイリッシュなルックス、研ぎすまされたボーカルに女の子は酔いしれ、布袋の卓越したギター・テクニックに男の子は夢中になり、松井の微動だにしないベース、高橋のパワフルなドラムさばきにファンは魅了された。

8エイトビートを基調としポップでありつつもシャープでエッジの効いた縦ノリのロックサウンドや、ジャン=ポール・ゴルチエをステージ衣装に使用したた。

今日のロックシーンでは当たり前となった逆立てたヘアースタイルなどの斬新なビジュアル等が多くの支持を集め、5thアルバム『BEAT EMOTION』と6thアルバム『PSYCHOPATH』は当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを記録した。

シングルでも1987年に「MARIONETTE」が初登場1位を記録し、名実共にトップバンドへとのし上がった。

ウィキペディア

耳の不調と戦いながら、35曲をフルパワーで歌いきったボーカリスト魂、最後まで貫かれたストイックな美学に心震え、感動しました。

 ステージで歌う姿をもう観れないのはとても寂しいけれど、コンディションの回復を祈ると共に、これからの創作活動を楽しみにしています。

 貴方と出会い、貴方の隣でビートを刻み、歌い、踊り、笑顔を交わせたことは、ギタリストとして最大の喜びであり誇りです。

 心からの感謝と最大のリスペクトを込めて。ありがとう。そしてお疲れ様でした。

 I truly want to thank you from the bottom of my heart. HOTEI

布袋は「せめて1曲だけでもギターを隣で弾かせてほしい」とブログで訴えた。その思いはかなわなかった。

氷室京介さんと布袋寅泰さんはBOφWY時代の盟友ですが、解散以降、二人の共演は行われていない。

ファンの間ではいずれは氷室京介さんと布袋寅泰さんの共演、そして、BOφWYの再結成がと、切望していた人もいた。

もし、氷室京介さんの引退公演で、布袋寅泰さんとの共演が実現するとなれば、それは夢のようなライブになるのは間違いはなかった。

幾度も再結成の期待が高まったが、2人の軌道は交わらないまま、氷室はステージを去った。

「最後だから布袋がいれば」みたいな意見もあるけど、それだけは「氷室京介」としてやってはいけない一線。

けど、本人は決して布袋が嫌いではなく、むしろオープニングにDreamin'、ラストにB・BLUEを持ってきたのが「BOOWYや布袋への敬意」の証拠では!?

ファンからの声は!?

氷室京介として最後を飾りたかっただけ。 BOØWY再結成が無かったのは布袋との確執とかあるけど、あったらたぶんBOØWYの曲再収録する時アレンジ変えるよ。 BOØWY、布袋をリスペクトしてるからこそあの再収録だったと思う。 そして氷室京介を最後まで貫いた格好良さに惚れ直す。

プロデューサーの佐久間正英が生前「布袋寅泰が“ただのギタリスト”に戻れるのは氷室京介の横だけ」とBOØWYの再結成を切望していたけど、氷室もまたソロになってからは自ら詞を書くことはやめてしまい、でも最後のライブは氷室&布袋コンビの代表曲『B・BLUE』で締めたの、ドラマだよなあ。

布袋ってさぁ 再結成したいしたいいっておいて、結局ダメだったからって来なかったの?氷室さんへのリスペクトはなかったわけ? はぁ…器が違うわ。boowyは解散して正解だったね。布袋さん見損ないました

氷室LASTGIGSに、高橋まことと松井恒松が来ていたそうで。布袋…(;´Д`

KYOSUKE HIMURO ライブの余韻がまだある・・・ もう一度見たい・・・ 氷室の隣で布袋がギターを持っている光景を・・・

タフで最高に優しい男です。原子のドラム 高橋まこと ずーっとずーっと昔から知ってるけど渋い男です。オンベース松井常松 日本にギタリストは腐るほどいるけど、こんなにかっこいい奴はこいつしかいません。クレイジーギター布袋寅泰 でまぁ俺が歌を歌ってる氷室京介だ

BOOWYがメジャーデビューする前から大のBOOWYファンとして過去のメンバーと共演が成立しなくて本当によかった!!!借りに布袋氏がステージの上に出たらドームから立ち去るつもりだったから氷室京介ソロで終わってホッとしたよ。

氷室さんのラストライブに布袋さんに出てほしかったって想いは最初はあったけど、やはり出なくて良かったのかも知れない。BOOWYは東京ドームのLAST GIGSで最高の終わり方をしたのだから。 pic.twitter.com/Ie1SsQJUG8

氷室さんはサウンドも最後まで最先端なものをちゃんと追ってたしね。 最後に布袋さんと共演とか、BOOWY再結成とか、そういう後ろを振り返るようなダサい事しなかったし、そんな事するわけが無いって心から信頼出来たもんな。 まあBOOWY再結成したら確実にアルバム買うしGIGS行くけどw

最後のB・BLUEの意味 "振り向かないで今はまだ 思い出をLONELY ANGEL 今度こそは幸せになること祈ってる" "もう一度笑ってよTO THE BOYS AND GIRLS" 最高の終わり方ですね!! pic.twitter.com/jTjteXW2uQ

ドラムの高橋まこととベーシストの松井常松はラストライブを観戦!

東京公演は21、22、23日の3日間行われたが、高橋が訪れたのは2日目にあたる22日の公演。

鑑賞したスイートルームには、音楽プロデューサーの糟谷銑司氏(66)氏らBOφWY時代の氷室を支えたメンバーが集結した。

スポニチアネックス

高橋は「ライブは本当に素晴らしく、これで終わると言ってる奴のステージではなかったな」と感想をつづった上で「卒業ではなく次を待つ"留年"で行こうと思っています」と氷室の復活を希望。

「本当にヒムロックお疲れ様でした…一緒にバンドかやれて本当に俺は幸せでした」とねぎらいの言葉を送った。

松井は東京ドームを訪れる前日となる21日のブログで「明日は満月だそうです。すべての皆さんに、幸せな一夜となりますように

もちろん、僕にとっても。切なくとも、幸せな一夜となりますように」とコメント。

ましてや22日、ベースの松井常松やドラムの高橋まことと一緒の場所にいてボーカル氷室京介の勇姿を観ていたと思うと…感慨深い。KYOSUKE HIMURO LAST GIGSをBOΦWYメンバーと観ていたんだ…。布袋さんはどう想っていたか…氷室さん、数年後、還暦アルバム待ってます。

氷室さんのLAST GIGS LIVEに高橋まことさんと松井常松さんがいらしてたのは色々なメディアで報道されてたから知ってるけど(^-^) きっと、布袋寅泰さんも何処かで観られてたよね♪( ´θ`)ノそう思いたいo(^▽^)o #氷室京介

氷室京介、布袋寅泰 松井恒松、高橋まこと 絶対に無いと思うけどこの4人が同じステージに立つことがあれば絶対行くね 生でBOOWYの曲聴いてみたかったなー LAST GIGSで聴けたけど やっぱ布袋のギター、松井のベース、高橋のドラムで氷室が歌ってるのが聴きたい

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