昭和55年
業界初のデジパチ、三共の『フィーバー』登場。
景品の上限額が2500円になる。
昭和56年
羽根モノの元祖、平和の『ゼロタイガー』登場。
デジパチ設置台数30%規制の実施。(組合の自主規制)
パチンコ店の売上推計が3兆円を突破。
昭和57年
アタッカーの最高継続回数が10ラウンドまでに規制される。
昭和58年
大同設立(ビスティ)
昭和59年
デジパチのアタッカー開放時間が30秒から15秒に規制される。
昭和60年
新風営法(=旧要件)が施行され、型式検定試験が開始される。
デジパチでアタッカー内の10カウント規制が実施される。
(大当たり確率1/200の1300発機の登場)
保安電子通信技術協会(保通協)によるパチンコ機の検定制度開始。
昭和62年
おまけ付きデジパチの登場。
昭和63年
平和がパチンコ業界初となる株式公開。
大手資本の業界参入が始まり、プリペイドカードシステムの「日本レジャーカードシステム株式会社」(LEC)が設立される。
東洋商事設立(フィールズ)
平成元年(昭和64年)
プリペイドカード導入反対の業界団体が政治家に献金攻勢をかけた「パチンコ疑惑」が発覚。
その後、導入を促進する法案が可決された。
日本遊技関連事業協会(日遊協)設立

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