1. まとめトップ

旅立つ前に必見!一度は行きたいエジプトの名所解説

誰もが一度は訪れたい世界遺産の宝庫エジプト。その5000年もの歴史を学んでから観光すれば、楽しみは倍増するはず。定番から穴場までの観光スポットを、その歴史と一緒に紹介する。

更新日: 2016年07月10日

5 お気に入り 6366 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

muhammadaliさん

カイロ

エジプトの首都カイロで外せないのはエジプト考古学博物館。ツタンカーメン王の黄金のマスクをはじめ、人類の宝が集まっている。まずはここで、エジプトの歴史について知識をつけてから遺跡観光に出かけるのも良い。

貴重な収蔵品が多すぎるあまり、館内は雑然とした印象。そのためガラスケースにも入っていない状態で間近に置かれている古代エジプトの至宝もある。空調の効いている部屋が少なく、解説も充実しているとは言い難いので、予習をしてから訪れることをお勧めしたい。

ナルメル王のパレット。悪霊を追い払うための化粧板と考えられている。パレットに名が刻まれたナルメル王は約5100年前、ナイル川流域でメンフィスより下流の三角州を示す「下エジプト」と、アスワンから始まる上流の河谷地帯「上エジプト」を統一し、古代エジプト王朝を建国したとされている。ただし、紀元前3世紀にエジプトの神官マネトーが書いた「エジプト史」では、初代の王はメネス王とされており、同一人物とみる説もある。

出典www.ne.jp

ジェセル王の座像。約4700年前に古王国時代に最初のピラミッドとなる「階段ピラミッド」をサッカラに造ったことで有名。

カーアペル立像。約4500年前の神官で、木像としては世界最古。発見されたサッカラの村長に似ていたことから「村長の像」という愛称がある。

サッカラで出土した書記の座像。古代エジプトの紙「パピルス」を手にしており、当時の書記はエリートだった。

クフ王の像。約4600年前の古王国時代、ギザの3大ピラミッドの中でも最大のピラミッドを築かせた人物として知られるが、この小さな象牙彫刻の座像しか残されていない。小さすぎて見落としやすいので注意。

カフラー王の座像。父クフ王に次ぐ大きさのピラミッドを築いた。ギザの大スフィンクスのモデルとされる人物。後頭部を守っているハヤブサは天空の神ホルス。クフ王の後継者として先に王になった腹違いの兄弟ジェドエフラーは、短命に終わったためピラミッドはない。

出典www.ne.jp

メンカウラー王と女神の立像。ギザの3大ピラミッドの1つを築いた王。向かって左側にハトホル女神、向かって右側は地方の女神。

クフ王の弟ラーヘテプと妻ネフェルトの座像。メイドゥームのマスタバ墳から発見され、あまりのリアルさに作業員が逃げ出したという。

アメンエムハト3世のピラミッドのキャップストーン。キャップストーンとは、ピラミッドの頂上に置かれた四角錐の石。中王国時代には長く途絶えていたピラミッドの建設が再開されたが、石ではなく日干しレンガで造られた。そのため、ギザの3大ピラミッドのように後世に残ることはなく、現在は瓦礫の山となっている。

出典www.ne.jp

ハトシェプスト女王の頭部像。約3500年前の新王国時代、幼いトトメス3世を差し置いて男装して権力を振るった。ルクソールにあるハトシェプスト女王葬祭殿を築いたことでも有名。

出典www.ne.jp

ハトシェプスト女王のスフィンクス。

トトメス3世の座像。若い頃は義母のハトシェプスト女王に実権を譲ってもらえなかったが、王位につくと才覚を発揮。後世には「エジプトのナポレオン」と評されるほど、軍事遠征によって広大な版図を築いた。

博物館の1階中央にあるアメンヘテプ3世と王妃ティイの座像。贅を極めた生活で政治や軍事での実績は乏しいが、ルクソール神殿の大半を築いた。ルクソール西岸にある「メムノンの巨像」のモデル。

出典www.ne.jp

アクエンアテンの像。アメンヘテプ3世の息子で、ツタンカーメンの父。当時は最高神アメン・ラーの神官が権力を手にして増長していたため、宗教改革を敢行。地方神に過ぎなかったアテン神を最高神とし、都もテル・エル・アマルナに遷都した。芸術面でも、それまでとは異なる写実的な「アマルナ芸術」が生まれた。この像も他のファラオ像と比べて異彩を放っている。

アクエンアテン王の王妃ネフェルティティの頭部像。

エジプト考古学博物館の最大の見所、ツタンカーメンの黄金のマスク。ガラスケースの中で、約3300年の時を経ても圧倒的な輝きを放つ。豪華絢爛な副葬品と一緒に発見されたことで世界的に有名だが、王名表からは名前が消されていた謎の少年王。先代のアクエンアテン王による宗教改革が失敗し、アテン信仰の歴史が抹殺された影響と考えられる。

ツタンカーメン王のカー像。古代エジプトの生死観として、人間が死ぬと魂「バー」が肉体を離れて冥界に旅立つが、その一方で存在の本質である「カー」は、この世に残ると考えられており、このような像が作られた。

黄金の玉座。背もたれにツタンカーメン王に香油を塗る王妃アンケセナーメンが描かれている。

山犬の姿をしたミイラ作りの神アヌビスが守る厨子。

ツタンカーメン王のカノポス壺。アラバスター製で、ミイラを作る際に体から取り出した王の内臓を収めた。小腸、胃、肝臓、肺はカノポス壺に収められ、心臓は体内に残された。なぜならば、心臓は冥界の入り口でマアト女神の羽と天秤にかけられ、罪の汚れがないか審判を受ける必要があったためだ。

カノポス壺を収めた黄金の厨子。4人の女神に守られている。

ツタンカーメン王の棺に残されていた矢車菊の花束。アンケセナーメン王妃が捧げたとされる。

ツタンカーメン王の人型棺。ミイラは3重の人型棺に収められており、黄金のマスクと並ぶ逸品。

エジプト考古学博物館のもう1つの見所は、ミイラ室。多くのファラオが眠り続けている。こちらは新王国時代のセティ1世のミイラ。軍事遠征でエジプトの領土を回復した功績がある。王家の谷には最大の王墓を持ち、アビドスにも荘厳な葬祭殿を築いた。約3300年前のミイラにも関わらず、まだ眠っているかのような表情。

ラムセス2世のミイラ。新王国時代にアブ・シンベル神殿をはじめ、エジプト各地に巨大建造物を残した。軍事遠征でも領土を広げ、ヒッタイトと引き分けたカデシュの戦いでも有名。67年も王位に君臨し、90歳を超える天寿を全うした。

エジプト考古学博物館近くにあるタハリール広場。「解放」を意味し、2011年のエジプト革命ではデモの中心地となった。

2011年のエジプト革命当時のタハリール広場。チュニジアで始まった「アラブの春」が飛び火し、約30年も独裁を続けたムバラク大統領が退陣。ムスリム同胞団が政権を手にしたが政情は安定せず、2013年に軍がクーデターで実権を奪った。

1 2 3 4 5