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【若い人は知らない?】実は、元スポーツ選手でした!!!な芸能人!

なんだかバブリーでイタリア好き、変なギャグばかり言うおじさん、毎日熱い!!だけじゃない!!昔は大活躍したアスリートでした!!な芸能人まとめです。

更新日: 2018年08月27日

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rayoshiさん

●サッカー

武田修宏(たけだ のぶひろ)

日本の元サッカー選手。
現在はスポーツコメンテーター・タレント(ホリプロ所属)。
浜松市立佐藤小学校・浜松市立丸塚中学校・静岡県立清水東高校卒業。
Jリーグ通算94ゴール(8位タイ)、日本サッカーリーグ(JSL)新人王・MVP、ベストイレブンはJSL時代3回・Jリーグ1回の記録を持つ。

ヴェルディ川崎で、三浦、ラモス瑠偉、北澤豪らと共に中心選手としてチームを支え黄金時代を築いた。当時の武田の年俸は1億2千万円と言われ、JSL時代よりも多くの収入を手に入れると共に人気選手として注目を集めた。

まさにJリーグの立役者の一人、日本のサッカー界の礎を築いた一人だと思います!

前園真聖(まえぞの まさきよ)

元サッカー選手。
現在はサッカーコメンテーター・タレント。所属するマネジメント事務所はジャパンエフエムネットワーク、サニーサイドアップ。
日本が28年ぶりに出場した1996年アトランタオリンピックの予選突破の最大の功労者であり、本大会でブラジルに勝利した「マイアミの奇跡」のU-23サッカー日本代表キャプテン。

1996年3月、マレーシアで行われたアトランタオリンピック・アジア最終予選に出場。3月24日、準決勝サウジアラビア戦で2ゴールを挙げ勝利に貢献、日本を1968年メキシコシティ大会以来、7大会(28年)ぶりのオリンピック本大会出場権獲得に導いた。

みんなゾノ!ゾノ!!言ってましたwww

●野球

宮本和知(みやも とかずとも)

元プロ野球選手(投手)。
現在は司会者、タレント、スポーツコメンテーター(ホリプロ所属)
山口県立下関工業高等学校2年の時、投手に転向。
高校卒業後、社会人野球の川崎製鉄水島製鉄所野球部へ入団。
1984年、公開競技として初めて開催されたロサンゼルスオリンピック・野球で金メダル獲得に貢献した。同年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから3位指名を受け、入団。

1990年代の巨人の先発投手では貴重な左腕投手として活躍を続け、140km/h台後半の球威のある速球と大きく割れる縦のカーブを武器に5回のセントラル・リーグ優勝、及び2度の日本シリーズ優勝に貢献した。投手会長を長期に渡って歴任し、現役晩年には選手会長を務めるなどリーダーシップの高さには内外から定評があった。

長島巨人を支えたひとりだと個人的には思っています!

元木大介(もとき だいすけ)

大阪府豊中市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
現在は、野球解説者、タレントなど (ケイダッシュグループのアワーソングスクリエイティブ)
1990年のドラフト会議で巨人より1位指名を受けて入団する。1992年から1軍で出場。バッテリーを除く全てのポジションを守れるユーティリティープレイヤーとして活躍する。

「ジャイアンツが好きだから、入団したときからこのチームでいらないと言われたら辞めようと決めていた」と33歳の若さで現役を引退。

巨人時代の清原とも仲が良かったですよね!

●ボクシング

ガッツ石松(ガッツ いしまつ)

広島国際学院大学現代社会学部客員教授。プロボクサー。元WBC世界ライト級チャンピオン。
現在は俳優、タレント。
ガッツエンタープライズ代表取締役社長。ガッツエンタープライズ所属。
ヨネクラジム所属で、アジア人で初のWBC世界ライト級チャンピオンであった。当時のライト級は非常に層の厚い階級であった、そうそうたる世界の強豪を抑えタイトルを5度防衛。

勝利が決まった後に両手の握り拳を上へ突き上げる万歳をしたような独特の勝利のポーズをしたことから、そのポーズが「ガッツポーズ」と名づけられたといわれている。ガッツポーズは、右手が自分のための喜びを示しており、左手が観客に対する喜びという意味があるという。しかし、それより以前からガッツポーズと呼ばれるものが存在していたことが検証されていることから、ガッツポーズの起源がガッツ石松だというのは誤りとする説もある。

変なギャグばかり言うおじさんじゃないんです!!

具志堅用高(ぐしけん ようこう)

日本の元プロボクサー、タレント。沖縄県石垣市出身。元WBA世界ライトフライ級王者。(太田プロダクション所)
2015年に国際ボクシング名誉の殿堂オールドタイマー部門に選出された。沖縄県出身者初の世界王者。

9戦目で世界王座奪取は当時の国内最短記録。
13度目の防衛に成功(世界王座防衛13度は日本人男子世界王者の最多記録)のうち、3度目〜8度目の防衛まで6連続KO防衛、「世界王座6連続KO防衛」は日本人世界王者では具志堅しか達成していない。

ちょっちゅね〜どころじゃない、すごいボクサーでした!

赤井英和(あかい ひでかず)

日本の元プロボクサー。大阪府大阪市西成区出身。プランニングメイ所属。
ボクサーとして「浪速のロッキー」の異名を取る活躍を見せた後、俳優に転身。現在は、大阪ではバラエティとしての活動、東京では俳優としての活動が主体である。

中学・高校時代は喧嘩に負けた事がなく、大阪一帯にその名は響き渡っていた。
プロになってからの赤井は、プロ4戦目の全日本新人王決定戦では尾崎富士雄に3RKO勝ちしジュニアウェルター級全日本新人王を獲得、その後も攻撃型ボクサーとして当時の日本記録であるデビュー以来12試合連続ノックアウト勝ちという快挙を成し遂げ、その試合スタイルから「浪速のロッキー」という愛称が付いた。

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