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ピーター・アーツの全盛期とは?

K-1 GRAND PRIX (1994,1995,1998)王者ピーター・アーツ

更新日: 2016年08月08日

来栖崇良さん

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ピーター・アーツ【Peter Aerts】

1970年10月25日 生まれ


出身地 北ブラバント州アイントホーフェン

国籍  オランダ


身長  192cm

3度のK-1ワールド・グランプリ制覇

セーム・シュルト、アーネスト・ホーストの4度に次ぐ、3度のK-1 WORLD GP優勝を記録している(1994,1995,1998)。

所要時間6分43秒でのグランプリ制覇

1998年のK-1 GRAND PRIXにおいて、トーナメント3試合すべてを1ラウンドKOで優勝する。

16年連続を含む通算17度のK-1 WORLD GPトーナメント出場

K-1の創世記から活躍し40歳を過ぎるまでトップ戦線に居続けた。

3度のグランプリ制覇の他に、3度の準優勝(2006,2007,2010年)も記録しており、計6度グランプリ・ファイナリストとなっており、決して優勝見込みのないトーナメント参加の積み重ねではなかった。

準々決勝 対 ロブ・ファン・エスドンク
(3R KO 右ハイキック)


準決勝  対 パトリック・スミス
(1R KO 右ストレート)


決勝   対 佐竹雅昭
(3R終了 判定3-0)

準々決勝 対 後川聡之
(1R KO 右アッパー)


準決勝  対 アーネスト・ホースト
(3R+延長R終了 判定3-0)


決勝   対 ジェロム・レ・バンナ
(1R KO 右ボディストレート)

準々決勝 対 佐竹雅昭
(1R TKO 左膝蹴り)


準決勝  対 マイク・ベルナルド
(1R TKO 右ストレート)


決勝   対 アンディ・フグ
(1R KO 左ハイキック)

木こりを意味する「The Dutch Lumberjack(ダッチ・ランバージャック)」の異名を持っていたが、得意の右ハイキックが炸裂すると、ヘビー級の大男達が糸の切れた人形のように倒れ、その姿は本当に大木をなぎ倒す木こりのようであった。

1998年のグランプリを鬼神のごとく暴れ回って優勝した印象から、この頃を全盛期とみる声が大きい。


しかし、K-1の競技レベルや参加選手の質が年々と上がっていった事実を考えると、それでもなお、2007年や2010年に準優勝をしていることを考えると、優勝を重ねた頃のアーツよりも30代後半のアーツの方が、もしも直接対決をしたら実力的には上である可能性がある。


現実問題として、ピーター・アーツの全盛期は、実力で判断するか結果で判断するかで見解が分かれるのではないかと思われる。

たいした時間とらないから観ておこう!!ピーター・アーツのベストマッチ3試合

衝撃のKOシーンは、ピーター・アーツ個人だけでなくK-1自体の紹介としても度々使われた。

宿敵ジェロム・レ・バンナを完封するピーター・アーツ自身がベストマッチの一つに挙げる試合。

鬼神のごとく暴れ回るピーター・アーツを誰も止められなかった。

ピーター・アーツの入場曲

最も多く使用されたのは「パルプ・フィクションのテーマ」で、初期の頃には「Sweet Child O' Mine」が使用された。

クエンティン・タランティーノ監督による1994年のアメリカ映画『パルプ・フィクション(Pulp Fiction)』のテーマ

1990年代に世界的な影響力を誇ったアメリカのロックバンド「ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N' Roses)」の初期の代表作の一つ「Sweet Child O' Mine」

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歴史、歴史的なもの、伝説、それらから派生するテーマを作ってます。

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