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日本で最期を迎えたアンディ・フグの軌跡

K-1 GRAND PRIX '96 王者アンディ・フグ

更新日: 2018年01月20日

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来栖崇良さん

アンディ・フグ【Andy Hug】

1964年9月7日 生まれ

2000年8月24日没


出身地 ボーレン

国籍  スイス


身長  180cm

空手界の大物として鳴り物入りでK-1デビューすると、前年度K-1GP王者ブランコ・シカティックに3-0の判定勝利をおさめ、一躍優勝候補として1994年のK-1GPを迎えた。

ところが、1回戦でパトリック・スミスに1ラウンドKO負け。

そして、1995年のK-1GPでまたも1回戦で当時無名のマイク・ベルナルドにKO負け。

3度目の正直で迎えた1996年のK-1GPでは決勝までコマを進めるが、相手は2連敗中だった天敵マイク・ベルナルドであった。

極真空手

第3回ヨーロッパ選手権(1985年)優勝
第4回全世界空手道選手権大会(1987年)準優勝
第5回ヨーロッパ選手権(1989年)優勝



正道会館

カラテワールドカップ'92 優勝
カラテワールドカップ'93 準優勝

パトリック・スミス、アーネスト・ホースト、ピーター・アーツには初対戦で敗れるも、2戦目でしかっりとリベンジに成功する。

マイク・ベルナルドには2連敗するものの、大事な大事なグランプリ決勝で雪辱を晴らす。

しかし、フランシスコ・フィリオにはリベンジの機会を得る前に病に倒れることになってしまった。

準々決勝 対 バンダー・マーブ
(1R KO 左フック)


準決勝  対 アーネスト・ホースト
(3R+延長2R終了 判定2-1)


決勝   対 マイク・ベルナルド
(2R KO フグトルネード)

アンディ・フグの代名詞ともいえる「かかと落とし」であるが、モーションの大きいこの技でのKO勝ちは数少ない。






しかし、相手を撹乱したり、攻撃のリズムをつけたり、距離を計ったり、などの目的で出し惜しみせず繰り出し、その姿の美しさは大いに観客を沸かせた。

最期の難敵は白血病

2000年10月9日のK-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKAに出場予定であったが、8月24日午後2時、正道会館での記者会見にてアンディ・フグが急性前骨髄球性白血病で危篤状態にあることが発表された。

2000年8月24日午後6時21分死去。

葬儀は本人の希望により日本式の仏式葬儀となり、告別式はテレビで生中継された。

青い目のサムライと表現される者は多けれどアンディ・フグは間違いなく本物であった

グランプリ制覇を成し遂げた自信でさらに強くなってみせた一戦

アンディ・フグの入場曲はやっぱり

イギリス・ロンドン出身の歴史的ロックバンド「Queen」の代表曲の一つ「We Will Rock You」

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