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高田賢三(ケンゾー・KENZO)ブランドのファッション性とは?パリコレの先駆者

高田賢三は、ケンゾー(KENZO)の創設者であり、ファッション・デザイナーです。パリで有名になりましたが、1980年代の後半から日本のバブル崩壊などもあって会社が経営難となり、1993年にルイ・ヴィトンのLVMHがケンゾーの株式を買い取りました。

更新日: 2018年08月19日

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misukiruさん

◆高田賢三(KENZO)のプロフィール

生誕:1939年2月27日(77歳)
兵庫県神崎郡、姫路市
職業:ファッションデザイナー
「ケンゾー」創業者

高田賢三(Kenzo Takada)は1939年、兵庫県に生まれる。実家は「浪花楼」という日本旅館を営み、和服の女性に囲まれて育つ。姉も洋裁の勉強をしていたことから服飾に興味を持ち出す。

姫路市立野里小学校、姫路市立広嶺中学校、兵庫県立姫路西高等学校卒業後、神戸市外国語大学中退。文化服装学院デザイン科師範科卒業。

◆1939年に兵庫県に生まれる

1939年に、高田賢三氏は兵庫に生まれました。生家は、「浪花楼」という日本旅館であり、子供の頃から和服姿の女性たちの間で育ちました。彼の姉が洋裁を学んでいたことから、次第にファッションに対する興味が増してきます。実は、その頃の日本には、男子でも入学できる服飾学校はありませんでした。

神戸外国語大学に入学しましたが、文化服装学院が男子生徒の募集を始めたため、大学を中退してこの学院に入学し直します。1960年には、在学中に「紫苑賞」を獲得しました。学院を卒業すると、彼はデザイナーとして働き始めます。

◆鮮やかさとゆったりさ。

「KENZO」は、 1970年に高田賢三がパリ市2区にあるギャラリーヴィヴィエンヌ内にオープンしたブティック「ジャングルジャップ」において、ハンドメイドのウィメンズコレクションを発表したのが始まりです。

日本人が持つ豊かな感性を存分に発揮し認めさせることは戦後統治下に置かれていたその当時の時代では容易にできたとは思えません。それでも自身のブティックに差別用語として使われていた「ジャップ」を入れたりするのは日本人の奥ゆかしさかなと。

創設者の高田賢三氏により1970年パリ・プレタポルテ・コレクションにデビュー。ファッションの既成概念をことごとく打ち崩し、モード界に多大な影響を与えるブランドにまで成長を遂げた。

色鮮やかな花柄×花柄の大胆な組合せ、日本の平面作図から生み出されたゆったりとしたシルエット、安価なコットンを多用したカジュアルなコレクションはパリ・モード界に大きな衝撃を与える。

◆経営難からLVMHがケンゾー株式を取得

1983年には、メンズウェアのラインを登場させ、1986年には「ケンゾー・ジーンズ」などを発表しました。1980年代の終わり頃からケンゾーは経営難に陥り、1993年にはLVMHがケンゾーの株式を買い取ります。

2011年7月には、「OPENING CEREMONY(オープニングセレモニー)」創設者のCarol Lim(キャロル・リム)とHumberto Leon(ウンベルト・リオン)がクリエイティブ・ディレクターに就任し、柄ミックスや鮮やかな色使いのケンゾーテイストに、楽しさを表現した新しい感覚が大人気となっています。

「混ぜるのが好き」という賢三の作風は、いくつかの異文化のオリジナリティが融合したもの。賢三の融合的な作風はフォークロアとしての世界のブランド史、ファッション史で大きな位置を占める。

ケンゾーが創設されてから49年という年月は来年には半世紀ブランドを続けているということになります。ケンゾー以外にも長く続けているブランドはありますが、今でも若い年齢層からオールドな男性まで絶大な支持を得ているブランドは一体どれぐらいあるでしょうか。

◆世界の様々な場所の衣装を取り入れる

ケンゾーの一番の魅力は何といっても最新のものをデザインに落とし込むところです。世界の民族衣装をインスパイアしたフォークロアファッションはケンゾーが一番初めにコレクションで発表したものであり現在にもそのファッションジャンルは広く知られています。

ブランドがコレクションを発表する前に第一に考えるテーマやコンセプトはその時代の動きや出来事から考えるもの。それを誰よりも早くキャッチすることによって創られる洋服はまさにその時代を象徴する洋服

◆2011年からのケンゾー

確かに2011年からのケンゾーとそれ以前のケンゾーのコレクションを見比べるとハッキリと違いが生まれています。

2011年以降のコレクションは、これまでのケンゾーのポイントは引き継ぎながらも洗練されたシンプルなデザインが目を引きました。時代のニーズに合わせているかのようなルックは上級者だけではない人でも簡単に組み入れるアイテムばかり

◆ブランド『YUME』で再出発

高田賢三は自身の名を冠した「高田賢三」という新会社を設立。2002年にブランド「YUME」を発表した。

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