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【意外に知られてない】モーニング娘。のデビューの経緯

「ASAYAN」のシャ乱Q 女性ロックボーカリストオーディションに落選した中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香で「モーニング娘。」を結成し、「モーニングコーヒー」でメジャーデビュー。しかしモー娘。誕生の知られざる事実があった。

更新日: 2017年12月13日

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●シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション

1997年4月に小室哲哉、MAX松浦に続くASAYANボーカリストオーディションの第3弾プロデューサーとしてシャ乱Qが担当することになった。オーディションの目的としては当時人気だったLINDBERGや相川七瀬に次ぐ、新たな女性ロックボーカリストを求めるものだった。

4月から8月にかけて東京・大阪・福岡・札幌の4ヶ所で行われ、その中に後のモーニング娘。となる中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香や合格者となる平家みちよが参加していた。

【応募総数】
約9,900名

【審査内容】
●1次審査
書類審査に通過した人が歌審査へと進めた。

福岡オーディション (11名通過 / 約1,000名)
東京オーディション (19名通過 / 約5,000名)
 福田:「BREAK OUT!」(相川七瀬)
大阪オーディション (14名通過 / 約3,000名)
 平家:「Anytime smokin' cigarette」(globe)
 中澤:「ら・ら・ら」(大黒摩季)
札幌オーディション ( 8名通過 / 約1,000名)
 石黒:「文句があるなら来なさい!」(RieScrAmble)
 飯田:「STEADY」(SPEED)
 安倍:「FACE」(globe)
⇒52人が2次審査に進出。

●2次審査
スタジオでの歌審査及びシャ乱Qからの発注が行われた。この発注内容に基づいて、再度歌審査が行わなれた。

福岡オーディション (3名通過 / 11名)
東京オーディション (3名通過 / 19名)
 福田:「Body Feel Exit」(安室奈美恵)
大阪オーディション (2名通過 / 14名)
 平家:「Anytime smokin' cigarette」(globe)
 中澤:「ららら」(大黒摩季)
札幌オーディション (3名通過 / *8名)
 石黒:「Blue Velvet」(工藤静香)
 飯田:「Sweet Emotion」(相川七瀬)
 安倍:「FACE」(globe)

[発注後]
福田:「激情」(工藤静香)
平家:「文句があるなら来なさい!」(RieScrAmble)
中澤:「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」(工藤静香)
石黒:「ひだまりの唄」(Le Couple)
飯田:「明日、春が来たら」(松たか子)
安倍: 発注なしで最終審査へ進出 (即決勝)
⇒11人が最終審査に進出。

●最終審査
寺合宿による生活態度などの全般審査と、優勝者のデビュー曲となる「GET」の歌唱審査を行った。
福岡地区: 3名
東京地区: 福田明日香・他2名
大阪地区: 中澤裕子・平家みちよ
札幌地区: 飯田圭織・石黒彩・安倍なつみ

1997年8月10日に番組収録が行われ、平家充代がグランプリに選ばれた(O.A.は8月24日)。その後は期待感を煽るためデビューまでお蔵入りとなり、11月5日に「GET」(最高24位)でデビューを果たした。

●「何も言わずに来てください」

出典ameblo.jp

8月20日、番組スタッフからの「何も言わずに東京へ来てください」の一言で落選した10名の中から特に評価が高かった中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香の5名が集められ、1つのユニットが結成された(O.A.は9月7日)。

メジャーデビューの条件として、5日間で番組自主制作CD5万枚を手売りするという試練が課せられた。

当時の音楽業界はミリオンセラーが連発していた時代とはいえ、無名に近い彼女たちが5万枚を売ることは困難に近いことだった。

モーニング娘。は本当は10人でスタートさせたかった。
しかし5人でも1か月で500万円の経費がかかるので成功するかどうか分からない状況で10人でスタートするのは到底無理だった。

所属事務所の会長を務めている山崎直樹氏の発言。落選した10名でユニットが結成される可能性もあった。当時のモーニング娘。は事務所の預かりというポジションだったそう。

『ASAYAN』としては平家みちよに全力を注ぐことになっていて、モー娘。はあくまでも付録のような存在。

出典音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

平家みちよはデビュー翌日に日本武道館でのデビューイベントを行った。

ある日、「これから女性アイドルをやるぞ」と会長が宣言した。うちの事務所はアイドルなんてやったことが無い。みんな反対した。そしたら「本当のアイドルじゃない。アイドルもどきをやる」と訳のわからないことを言ってオーディションに落ちた女の子を集めてグループを作った。それが「モーニング娘」だ。(中略)今までの日本では、アイドルグループは一人抜けたら解散だった。会長はそんなリスクの高いことはやらない。どんどん卒業させて新しい娘を入れるプエルトリコスタイルのやり方は日本でも大成功した。つんくをアイドルプロデューサーにしたのも会長の戦略だ。

グループの原型はプエルトリコの男性アイドルグループ・メヌードにあった。
16歳でグループを脱退しなければならない決まりがあり、1977年に結成して以来、現在も活動中。

モーニング娘。のような加入と卒業を繰り返すグループの原型となったのはプエルトリコ出身の男性アイドルグループ「メヌード」で、16歳になったらグループを脱退し、メンバーチェンジを繰り返している。1977年に結成して以来、現在も活動を続けていて、過去にはリッキー・マーティンも所属していた。

●ユニットは「モーニング娘」に決定したが・・・

8月30日、ユニット名が"モーニング娘。"に決まる(O.A.は9月14日)。親しみやすさをテーマに「朝定食」「食べ放題」「バイキング」「たこ焼きシスターズ」「モーニング5」「モーニングサービス」などが候補に挙げられた。

当初のつんく♂の命名では「。」が付いていなかった。しかし、当時『ASAYAN』では画面に表示されるテロップのほぼ全てに「。」を付けていたため、ユニット名発表の際(1997年9月14日放送)にもステージ上の画面で「ユニット名はモーニング娘。」と表示されることとなった。

モーニングセットのように、いろいろと付いてくるお得感と親しみやすさ、朝のフレッシュなイメージが込められているそうだ。

当初のモーニング娘。というのはほんとに大したプロジェクトじゃなくて、つんくが決めた「モーニング娘。」という名前こそあったものの、命名後はつんくの手を離れたはずだった。

出典音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

あくまでも敗者復活の手助けとしてデビューに導くのが彼らの役目であったため、インディーズシングル「愛の種」は関わっていない。

●5万枚手売りキャンペーンが始まる

1997年11月3日にインディーズデビューシングル「愛の種」が発売された。仮歌タイトルは「SEED OF LOVE」で、歌詞にも英語が多かったそう。

雛型としてはキャンディーズっぽくしたいという意図があったんです。スタッフ側の要望として、具体的には「春一番」にしてくれと言われましたね。

出典音楽誌が書かないJポップ批評 (12) (別冊宝島 (581))

11月3日、大阪・HMV心斎橋店を皮切りに、インディーズシングル「愛の種」を全国5都市で手売り販売するキャンペーンをスタートさせる。

イベントで即売会を行う以外にも学校の放送部にPRしてもらったり、個人の家を訪問したり、同窓生に手紙を出したり、街頭PRやビラ配り、レコード店への挨拶周りでパネルポスター貼りを行っていた。

作詞: サエキけんぞう / 作曲: 桜井鉄太郎 / 編曲: 桜井鉄太郎

手売り開始前から多くの人で賑わい、列が途切れることはなかった。会場となったHMV 心斎橋店の閉店時間を超える可能性があったため、CDの引換券を配布し、後日受け渡しするという事態となった。

【「愛の種」5万枚完売への道】
1997年11月03日: 大阪・HMV 心斎橋店
1997年11月09日: 福岡・HMV キャナルシティ店、HMV 天神店
1997年11月24日: 北海道・札幌キリンビール園、パルス21玉光堂
1997年11月30日: 愛知・ナゴヤ球場
1997年12月07日: 東京・HMV 新宿SOUTH店 (愛知で完売したため中止)

11月30日、キャンペーン4日目となったこの日、ナゴヤ球場で9,533枚を売り上げ、目標の5万枚を完売し、メジャーデビューが決定した。

売り切った瞬間はこの先もずっと忘れないと思います。味わったことのない感動と、達成感と喜びと。だって、それで同時にデビューを掴んだわけだから。

出典モーニング娘。誕生10年記念本

安倍なつみの発言。

12月7日、『ASAYAN』の放送で、シャ乱Qのマネージャー・和田薫より、モーニング娘。が翌年1月28日にメジャーデビューし、それにあたってのプロデュースをつんくが担当すると発表された。

*デビュー曲候補は3曲用意されていた

●どうにかして土曜日
メイン: 安倍、石黒、飯田
コーラス: 中澤、福田

●モーニングコーヒー
メイン: 飯田
裏メロ: 石黒
コーラス: 中澤、安倍、福田

●ウソつきあんた
メイン: 飯田、中澤
コーラス: 石黒、安倍、福田

1998年7月に発売された1stアルバム「ファーストタイム」に収録されている。

しかし、仮歌を聴いたプロデューサーのつんく♂がパート割りの変更を指示。

【変更後】
*「どうにかして土曜日」
メイン: 全員

*「モーニングコーヒー」
メイン: 安倍 (本番の体調によっては石黒)
コーラス: 中澤、飯田、福田

*「ウソつきあんた」
メイン: 中澤、石黒、福田
コーラス: 飯田、安倍

その結果「モーニングコーヒー」がデビュー曲に決定する。

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