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国内の復元帆船のまとめ

個人的にリサーチした内容をまとめました。web上で拾った情報をまとめたものなので、内容に誤りがあるかもしれません。

更新日: 2016年06月13日

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bungouさん

開陽丸

【概要】幕末のバーク型洋式機帆船 オランダで建造、購入した徳川幕府の軍艦
【拠点】北海道檜山郡江差町
【運営主体】一般財団法人開陽丸青少年センター
【船の仕様】
設計原図をもとに実物大で復元。
外形のみの復元。航行能力なし。
全長72.8m、幅13.04m、マスト高45m。建造費用13億5000万円

【保存、展示、運営】
船底は海底に固定されている。
博物館として使用されている。

【経緯】
幕末期、徳川幕府が所有した悲運の軍艦「開陽丸」は戊辰戦争時、暴風のため江差沖で座礁、1868年に沈没。
1990年4月に原寸大で復元。
1970年代より海底に残された遺物の引き上げ作業が行われる。
発掘された遺物は約33,000点にも及び、そのうち3,000点を復元された船内にて展示公開。

箱館丸

【概要】幕末のトップスルスクーナー型洋式機帆船 箱館で日本人のみで建造した 
【拠点】北海道函館市
【運営主体】函館市観光コンベンション部

【船の仕様】
実寸大?の復元船
航行能力はない?

【保存、展示、運営】
現在は屋外に展示されているが、特に管理、運用はされておらず内部の見学などは不可

【経緯】
1988年(昭和63年)の青函トンネル開通記念博覧会に際し復元船が制作された。
博覧会後に続豊治(箱館丸を建造した船大工)の子孫が買い取って函館市に寄贈、現在は函館港西埠頭で陸上展示されている。

みちのく丸

【概要】江戸期の北前船
【拠点】青森県青森市→青森県野辺地町
【運営主体】(財)みちのく北方漁船博物館財団→野辺地町地域戦略課 地域振興担当

【船の仕様】
当時の船の完全な復元船。航行能力あり。
航海実績あり。
全長32m、帆柱の高さ28m

【保存、展示、運営】
みちのく北方漁船博物館所蔵時は海上での動態保存
現況は不明だが、町制施行120周年を迎える2017年度に陸奥湾で展帆航行し、早ければ2019年度にも常夜燈公園付近に陸揚げして展示する予定だという。

当初の事業主体「みちのく北方漁船博物館」は青森市にあり、国指定重要有形民俗文化財67隻の和船を中心に200隻以上の木造船を保存、展示する国内最大級の木造船の博物館だったが2014年閉館。
それにともない青森県野辺地町に無償譲渡される。

【経緯】
2005年、 船卸し(進水式)
2006年、 陸奥湾内において帆走実験を繰り返す。
2007年、 NHK大河ドラマ「篤姫」のロケ使用のため帆走シーンを陸奥湾にて撮影
2009年 初めて津軽海峡を渡り、北海道函館市函館港へ
2011年 日本海文化交流事業のため青森港を出港
10 道県 14 港周航(航行距離 3,800 キロ) 期間:7/13(水)~8/29(月) 48 日間
のべ乗船者数:32,000 人 係留地:青森、鰺ヶ沢、深浦、小樽、美保関・安来・境港、小浜、三国、金沢、伏木富山、新潟、酒田、秋田船川
2013年 千石千東廻り航路文化交流事業(東日本大震災復興支援)のため青森港を出港
5 都県 8 港周航(航行距離 2,537 キロ) 期間:7/19(金)~8/11(日) 24 日間
のべ乗船者数:6,300 人 係留地:青森、野辺地、佐井、大間、大船渡、釜石、女川、小名浜、有明埠頭
2014年 (公益)みちのく北方漁船博物館財団から野辺地町が無償譲渡を受ける
2015年 映画「たたら侍」に使用される撮影期間:8/29(土)~8/30(日) (映画公開 2017 年冬以降)

このみちのく丸の建造は、船大工の高齢化による後継者育成の意味合いもあるといわれていて、岩手県大船渡市の「気仙船匠会」から7名、北海道から4名、地元青森県から5名、総勢16名の和船の船大工が建造に参加した。

サン・ファン・バウティスタ

【概要】江戸時代初期に伊達藩が建造して太平洋を横断したガレオン型洋式帆船 
【拠点】宮城県石巻市
【運営主体】宮城県慶長使節船ミュージアム

【船の仕様】
当時の船の完全な復元船。航行能力あり。航海実績あり
全長55m、高さ48m。
建造費15億円。

【保存、展示、運営】
石巻市の郊外にこの船を活用するための博物館を建造
施設は資料館として運営。また各種イベントも実施している。
船は博物館に付随するドックで動態保存しているが船体の痛みがひどい。
そのためこれまで行われてきた船内の見学は現在中止されている。
今後の方針については検討中。

【経緯】
1990年、地域活性化懇談会と文化の波・文化の風起こし懇談会の両懇談会から、慶長遣欧使節ら郷土の先人の偉業を後世に伝えるため復元に向けた提言が行われる。
慶長遣欧使節船復元準備会が設立され、復元・利活用・資金の3専門部会が組織された。
限られた現存資料や16・17世紀のヨーロッパの船型等を解析したうえで設計が行われ、「①木造船とする、②原則として原寸大とする、③石巻地域の造船所で建造する、④宮城県内の船大工を中心に建造する」という原則に基づきに建造が進められる。
復元船船体の建造費15億円。うち5億円は、宮城県民からの募金による。

浪華丸

【概要】江戸時代の和船 菱垣廻船 弁才船 江戸期では最大クラスのサイズ
【拠点】大阪府大阪市
【運営主体】なにわの海の時空館

【船の仕様】
当時の船の忠実な復元船。航行能力あり。航海実績あり。
全長約30m、帆柱の高さ約27.5m、総工費約10億円。

【保存、展示、運営】

【経緯】
国立国会図書館が所蔵する菱垣廻船図面などを参考にして、1999年に実物大の復元船として建造。
建造後、2週間ほど大阪湾での帆走性能実験のための航海を実施。
その後博物館「なにわの海の時空館」にて陸上展示。
2013年に博物館は閉鎖。
建物の構造上、そのままの形で外部に搬出することができないため、現在も博物館内に現存中?

ちなみに浪華丸復元の際につくられた三分の一のサイズのレブリカも現存している。
こちらはイベントなどで活用されている。

サンタマリア

【概要】コロンブスがアメリカに到達したときのバーク型洋式帆船
【拠点】スペイン、バルセロナ→兵庫県神戸市
【運営主体】(財)サンタ・マリア号協会→神戸市

【船の仕様】
全長:32.21m、全幅:7.99m、メインマストの高さ:28.0m

【保存、展示、運営】
スペインから日本までの航海ののち、神戸市にて屋外で展示される。
現在は解体されて存在しない。

【経緯】
コロンブスのアメリカ大陸到達500年を記念して、1991年にバルセロナの造船所において復元建造され、バルセロナから神戸まで大西洋、太平洋を290日間、35000㎞の航海を経て航海した。
その後神戸市が譲り受け屋外にて展示していたが、船体の痛みが激しくなったため、2013年に解体された。

見に行った時は補強工事中でした・・。

観光丸

【概要】幕末にオランダより譲渡された外車式のバーク型機帆船
【拠点】長崎県長崎市
【運営主体】ハウステンボス株式会社

【船の仕様】
当時の船を基にした復元船。機関などは当時とは違う作り。
全長66m、高さ32m

【保存、展示、運営】
長崎ハウステンボスや長崎港にて日常的に客船として運行中。
イベントなどで国内の港に移動することもあり。

【経緯】
1987年に進水した。
造船は国立アムステルダム海事博物館(Het Scheepvaartmuseum)所蔵の設計図面と模型を基に、オランダのハウスデン市(フーズデン市、Heusden)にあるフェロルメ造船所(Verolme Scheepswerf Heusden)に発注され、当時の姿になるべく近いかたちで復元・建造が行われた。

元は長崎オランダ村が、実際に動く帆船を使って全国を巡り、子供たちに海や自然、船の事を学んでもらう事業を企画しそのために建造したが、法律上平水区域の航行しか認められなかった

咸臨丸

【概要】幕末の洋式バーク型機帆船
【拠点】長崎県長崎市→マレーシア
【運営主体】ハウステンボス→マレーシア

【船の仕様】
当時の図面を基にした復元船。サイズはオリジナルより一回り大きい。
内装、エンジンなどは現代風に改められている。
全長65m

【保存、展示、運営】

【経緯】
1990年、長崎オランダ村と日本郵船が観光丸に次ぐ2隻目の復元帆船として建造。
観光丸が平水区域しか航行できないため、外洋航海が可能な帆船として計画された。
観光丸と同じくアムステルダムの海事博物館所蔵の資料に基づいて、オランダ、ロッテルダムで造られた。
オランダ村やハウステンボスにて使用された他、国内各地での体験クルーズやチャータークルーズ等に従事。
2003年にハウステンボスそのものの経営難からリース契約を解除。その後マレーシアに売却される。

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