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「氷室京介」という生き様~永遠に~

ライブ活動を引退した「氷室京介」をこれからも追い続ける。永遠にまとめ続ける。BOOWY 布袋

更新日: 2016年06月19日

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永遠の生きる伝説「氷室京介」

氷室 京介(ひむろ きょうすけ、1960年10月7日 - )は、日本のロックボーカリスト、シンガーソングライター。

群馬県高崎市出身。
所属事務所はBeatNix。ロサンゼルス在住。

1981年に伝説のロックバンドBOOWYを結成。当時20歳

当時20歳だった氷室京介が、東京を去るつもりで最後に見に行ったライブで、
やはり音楽で生きていくことを決心。
そのライブのアーティストとは「RCサクセション」

忌野清志郎をリーダーとし、「King of Rock」「King of Live」の異名をとるなど「日本語ロック」の成立や、現在日本で普通に見られるロックコンサート、ライブパフォーマンスのスタイルの確立に大きな影響を及ぼした。
彼らが発信するファッションや言動などは音楽業界にとどまらず若者の間でサブカルチャー的存在とまでなり、1980年代を中心にまさに時代を席捲した。

群馬時代から知っていたギタリスト布袋を六本木の「アマンド」という喫茶店に電話で呼び出し、バンドを誘う。

当時、氷室にバンドを誘われた時のことを語ってくれています。
本人いわく最初は「殴られるのかと思った」そうです。

そして、伝説のバンドBOOWYを結成

昔のメンバーはやはりみんな若いですねww

氷室が書き下ろした名曲「CLOUDY HEART」

自分的にはこの曲がやはり名曲だと思っています・

1986年、初の武道館ライブ

あまりにも有名すぎる名言
「ライヴハウス武道館へようこそ!」

1987年、人気絶頂の中での解散宣言。当時27歳。

フォークなバンドじゃねーんだから、ジメっとすんのは似合わねーと思うから、
最後にビシッと送るぜ。

活動期間がわずか6年という期間で、バンドのトップへと駆け上っていった。

この翌年の1988年には、BOOWYからの最後のプレゼントとして
「LAST GIGS」が行われる。

1988年4月4日、5日と行われたライブ・・・GIGS。
10万人分のチケットが、わずか10分で完売。
インターネットなど普及していない時代で、全てが電話予約。
東京都内の電話回線がパンクするという社会現象にまでなった。

オレたちはまだまだ伝説になんかなんねーぞ!と一言。
そしてBOOWYの幕が下りる。

そのLAST GIGSの約3ヶ月後にシングル「ANGEL」でソロデビュー。当時27歳

元BOØWYのボーカルであった氷室のソロデビューシングル。オリコン1位を記録し、1988年の年間順位では8位を記録。
1988年7月21日に東芝EMIのイーストワールドレーベルより7インチレコード及び8センチCDにてリリースされた。

この7月21日というのは、ファンの間では
「Birth of Angel」と呼ばれている。

ファーストソロアルバム「FLOWERS for ALGERNON」で見事、アルバム大賞に選ばれた

レコード大賞に選ばれたときの、氷室本人のコメント

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