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アドルフ・ヴェルフリとは?

アドルフ・ヴェルフリ(Adolf Wölfli, 1864-1930)は、アール・ブリュットあるいはアウトサイダー・アートの先駆者と見做されているスイス人画家。その他に、詩や作曲も手掛けた。
 1872年、スイスのベルンに、7人兄弟の末っ子として生まれる。石切りを仕事としていたヴェルフリの父は、アルコール中毒で犯罪を繰り返す男だった。彼の母は一家を支えるため、洗濯付として働いた。しかし、母親が病に陥ると、ヴェルフリは、一家の故郷であるツェイヴィルに母親とともに戻った。ヴェルフリは住まいと食事を確保するために、集落の牧場で働くことを余儀なくされた。彼が8歳の時に、母親は他界した。身寄りのなくなったヴェルフリは、いよいよ働き続けなくてはならなかった。しかし、こうした過酷な環境にも関わらず、ヴェルフリは正規の教育を修めた。
 18才の時、ツェイヴィルの裕福な農家の娘と恋に落ちるが、彼女の両親に猛烈な反対を受け、二人が結ばれることはなかった。この事件を契機にベルンに戻ったヴェルフリは便利やとして働き始めた。都会の喧騒の中で孤独に苛まれたヴルフリは、若い女性との間で事件を起こし、牢で2年間過ごすこととなる。釈放後も心的健康は良くならず、寧ろ悪化する一方だった。そして1895年、彼は幼児暴行の廉で逮捕され、ヴァルトー精神病院に収容されることが決定する。彼が死ぬまでに、この病院からでることは終ぞなかった。
 病院でもヴェルフリの精神的な疾病は治まらなかった。しかし、1899年から絵を描き始めることに目覚めたヴェルフリは、鬱憤を視覚化することで発散するかのように、それに熱中していく。
 現存する作品の中で最も若い日付をもつのは、1904年の作品である。この時点に於いて、ヴェルフリの作品は重々しい黒色に覆われていた。彼の絵に色彩が現れるのは、1907年を待たなくてはならない。そして、この翌年、彼は《揺籠から墓場まで》と題された一大自叙伝に着手し始める。この物語は、聖アドルフ2世と呼ばれる主人公=ヴェルフリが、様々な世界を旅する冒険譚だった。巻数は9巻に及び、総ページ数は約3000ページにまで達した。
《揺籠から墓場まで》は絵画のみならず、記述や楽譜を含んでいる点でも興味深いものとなっている。

参考文献
http://www.petulloartcollection.org/the_collection/about_the_artists/artist.cfm?a_id=63

作品

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