1. まとめトップ
78 お気に入り 1175605 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

kattarisukuさん

キノコ狩り

去年の秋の話なんだけど、田舎に住んでるから、近所の山にキノコとりに行ったんだ。

山の入り口に車を止めて、だいたい徒歩で3時間くらいのコースなんだけど、ナラタケとかブナハリタケとかがけっこう採れる場所でさ。

で、歩き出して1時間くらいしたとき、40歳くらいのオバチャン三人組とすれ違ったんだ。話し方からして、どこか関西方面の人達らしかった。

で、すれ違うとき、オバチャン達がぶら下げてた袋の中がチラッと見えたんだけど…入ってたのが、多分ネズミシメジとツキヨタケ。しかも大量に。

知らない人のために一応説明すると、両方とも毒キノコね。ツキヨタケのほうは死人が出るくらい強力。

俺は「おいおい、ヤベーだろうが、バカだな、コイツら」って内心思いながら、オバチャン達を小走りで追いかけて「そのキノコどうするんですか?」って聞いた。

突然声をかけられて、かなりけげんな顔してたけど、オバチャンAが「どうするって、もってかえるよ」って。案の定だったんで、俺が毒キノコだってこと説明すると、オバチャンBが

「あー、やっぱり!さっきのオッサンの言うてたとおりやわ…うちらは、ダマせへんで。あんた、このキノコほしいんやろ?」

って言い出して…

そのままオバチャンの話を聞いていると、どうやらオバチャン達は、今日、山で会った年配の男性に「美味しくて珍しいキノコ」って教わってネズミシメジとツキヨタケを採ったらしく、しかも、その時に

「珍しいキノコだから、『毒キノコだ』っていってダマそうとする人がいるから」

って聞かされたらしいんだね。何だよ、それ?そのジジイ何考えてんだよ?

キノコは間違いなく毒キノコで、しかも、少し知ってりゃ、見間違うことなんてありえないキノコなのに…。

とりあえず、オバチャン達を説得しようとしたんだけど、完全に疑われちゃって無理だった。最後には「図鑑見てください」とは言ったんだけど…

知らない男

風邪を引いて寝込んだとき。
夫が「寝てて」と言ってくれたから、見送りせずに寝てた。
喉が乾いて水を飲もうとしたら、ガチャと玄関の開く音が…。
「旦那が帰ってきた?早くね?」と思って玄関を覗いたら、知らない男の人が玄関のドアを開けて立ってた!!
しかも「アハハハハハ」って笑ってて、足をガクガクさせながら「ど、どちらさまですか?」って言ったらドアをバタンッと閉めた。
心臓バクバクさせながら、速攻で鍵かけたよ…。
旦那に問い質したら「鍵かけるの忘れてた」だって。
もう激怒したよ。怒りまくった。
本当に血の気引いたし、あの時何もなかったのは奇跡だと思う。

車で迎えに来た

20年近く前、まだ私が中学だった頃の事です。
当時、親戚のおばさんでTさんという方がいました。
小さい頃は気さくでよく喋る方だったのですが、
旦那さんが病気で亡くなってからは性格が変わってしまい、塞ぎ込みがちになっているそうです。

ある日の夜、部活のバスケの練習が終わりに差し掛かった頃、(確か夜の八時半頃だと思います)
学校の体育館の玄関口に、Tさんがやって来ました。
とりあえず、私は「あれは親戚の人です」と顧問の先生に言うと、
顧問の先生は会釈しながら玄関まで向かい、Tさんと何やら喋っていました。

顧問の先生が戻ってきて、
深刻そうな顔で「○○(私の名前)のお父さんが、交通事故に遭ったらしい…」。
「え?そんな…」
「あの親戚の方、車で迎えに来たそうだから、一緒に帰りなさい」
私はもう何年もTさんと会ってすらいませんでしたが、記憶には充分残っていましたので、本人には間違いありません。
気が動転しつつ、Tさんの車に乗り込みました。


車が出発した後、夜道を走りながら、私のほうからTさんへ色々聞きました。
「お父さん今どこにいるんですか?」
「病院」
「どこの病院なんですか?」
「ここから少し行ったところ」
「どんな状態なんですか?」
「よくわからない」
なんだか素っ気ない返事ばかりです。
車はちゃんと運転してましたが、感情失せて心ここにあらずという表情でした。

しばらく走っていると、段々不審に思えてきました。
どんどん郊外のほうに走っているのです。
主立った病院は全部市内にあるし、私の住んでいる市は山間に全部集中しているような所で、
山に一旦入ると、隣の市街地までは相当距離があります。
こちらから話し掛けても、素っ気なく短い答えが来るだけだし、
昔の話を切り出そうとしても、「そう…」とつまらなそうに反応するだけ。
この隣で運転しているおばさんは本当にTさんなの?とすら思えてきました。


その内、市道が寂しくなるあたりまで差し掛かりました。
これを過ぎると、もう店らしい店すら無くなり、民家が山間にポツポツとある程度です。
まだ開いて照明の灯っていたホームセンターの前辺りで、
「部活の用事思い出したので、先生に電話してきます」
私は強引に車から降りて、ホームセンターの中まで入りました。
窓からばれないようにこっそり外を見ると、Tさんが駐車場へ車を止めて、ゆっくり店へ歩いてくるのが見えました。
何か嫌な予感がし、私は大急ぎで反対側出口から出て猛ダッシュ。
運良く道路に通りがかったタクシーを捕まえて、自宅を告げて家に帰りました。

家に着いてから母親にタクシー代を払って貰い、玄関から入ると、
父親が普通に茶の間で座り、ビール飲んでTVを見てました。
「なんだ息を切らして?」
私のほうを見て呑気そうに言ってきました。


事情を説明すると、父親の顔がだんだん厳しい表情になってきました。
Tさんとは、旦那さんが亡くなった後は神経系の病院に通っているらしく、
少々言動もおかしくなってきたたため、もう何年も交流がないそうです。
子供もおらず一人だけ残されたTさんは、精神的に疲れたのだろうと父親は言っていました。


まず、Tさんの自宅アパートまで電話。誰も出ません。(当時、携帯電話はあまりポピュラーではありませんでした)
Tさんの実家に電話し、Tさんの母親(私から見たら、祖母の妹さん)に出来事を話しました。
すると…2日前からパート先を無断欠勤していて、連絡が来ていたとのこと。
そろそろ向こうからも連絡しようと思っていた所だったそうです。
(Tさんがあんな状態で交流なくなったを知っているため、遠慮して連絡が遅くなったらしい)

翌日、警察に捜索を届けて調べて貰いましたが、
Tさんの部屋からは財布以外、これといった貴重品も持ち出しておらず、
車と本人の行方が全く判らない状態ということが判りました。
ただ、部屋には女性の割にはお酒の空瓶が多く、神経系の処方薬が何種類かあったそうです。


20年経過しましたが、おばさんのTさんは未だに行方が判っていません。
恐らく、私がホームセンターの窓越しに目撃したのが最後だと思います。
長い間行方不明のため、法律上も失踪扱いになりました。


もしあの日、私が車に乗せられるがまま付いていってたら、どうなっていたか…。
そして、私はどこに連れて行かれようとしていたのか…。
謎が多い出来事でした。

謎の組織に一家全滅させられた話

俺が小学生の頃、自宅に新興宗教の勧誘が来た。
最初母がやんわり追い返していたんだけど、三日に一度はうちに来て、母にしつこく入信を勧めてたんだ。
母はあまり気が強いタイプじゃなかったから、なんとなく話を聞いて、ごめんなさいまた今度…という感じで帰ってもらってた。
勧誘があんまりにも頻繁になってきたので、ある日父がちょっと強めに追い返した。
すると勧誘のおばさんは「そんな強く言ってもだめ、あなたたちがこちらにくるのは運命なんだから」と言って帰っていった。
父は念の為、と警察に相談し、その日から近所の駐在のおまわりさんが巡回してくれることになった。
そして一週間後に母は失踪。

失踪している間に例の勧誘おばさんがまた来た。
「ほらね。言ったとおりでしょ!あなた達が信心してくれればお母さんは帰ってくるのよ」
その時自宅には俺と姉と弟しか居なかったから怖かった。
おばさんは「今度はお父さんが居る時に来るから」と言って帰っていった。
おばさんが帰った後に姉が急いで父に電話した。
父はすぐ帰る、と言って電話を切った。
俺は泣いてる弟をなだめながら(お母さん早く返ってきてほしいな)と思った。しかし結局母は帰って来なかった。
姉は学校の先生に連絡をして、今こういう状態なのでしばらく学校を休ませて欲しいと伝え、
それからは駐在のおまわりさん、それから先生が度々自宅に来てくれるようになった。

父は会社でもわりと上の方の役職についていたのだが、決算期と重なってしまって、休むわけにはいかないということだった。
俺は中学生だったので、部活もやっていたのだが、状況が状況なのでホームルームが終わったらすぐ帰ることにしてた。
先生も心配してくれてた。
そしてしばらく俺、弟、姉だけの生活が続いた。時々姉の担任の先生も一緒に食事をしてくれてた。
心強かった。
それから暫くは勧誘のおばさんも来ることが無かったので平和だった。
依然母親の足取りはつかめなかった。失踪届もけっこう前に出していたが、進展はなかった。
警察のひともちょくちょくやってきて状況を聞かれたけど、母からの連絡もなかったのでいよいよ手詰まりだった。
俺達は、考えたくも無かったが、チラホラと母はも帰ってこないだろうな、と思ってた。

俺の運動会があった。
弟、姉、父が来てくれて、久しぶりに楽しかった。
家族でレッドロブスターなるファミレスでちょっと豪華なご飯を食べ、帰宅。
玄関の鍵が開けられていた。そして玄関から仏間に向かって足跡がたくさん残されていた。
泥棒!と父が叫んだ。しかし結果的に泥棒じゃなかった。
仏間の仏壇が閉じられていて、青いガムテープで封鎖されていた。
姉がヒイイイイイイイ!と叫んでガクガク震えていた。弟もギャンギャン泣いた。
とても異様だった。父も呆然としていた。
俺達はまだ屋内に誰か居るんじゃないか、ということで一箇所に固まり、父は警察に電話した(携帯が無い時代です)

近所のおまわりさんがまず来て、その後警官が何人か来た。
父が実況見分?に立会い、俺達は貧血でふらふらの姉を自室に運び、そのまま三人でぼろぼろ泣いた。

結局なにも取られなかった。空き巣の犯行ということになったが、
例の勧誘おばさんのことは警察も知っているので、近所の聞き取りなど熱心にやってくれた。
そして俺の運動会の日、自宅前に黒いハイエースがしばらく止まっていたらしい、ということがわかった。
その一ヶ月後、自宅から遠く離れた県外で、母が死んでいるのが見つかった。

母が死んでたのは群馬の山中。首吊りだった。しかし手を後ろで縛られていた。
なぜかゆるく縛られていて、はずそうと思ったら外せるゆるさだったらしい。
俺はその辺のことをあまり覚えていない。あとから父に聞いた。

警察は自殺ではなく他殺とみて捜査を始めた。しかし手がかりになるものは何一つなかった。
母が失踪してたしか1年近く、どこにいたのか、どのように生活していたのかはまるで謎だった。
捜査になんの進展もないまま、今度は姉が襲われた。襲われているところを通行人に助けてもらった。
犯人は知恵遅れの男性。この男の親が目を離している最中に姉に襲いかかった。
人の目のある場所からトイレに引きずり込み、なぜ誰も止められなかったの、
俺は未だにその辺を歩いていた一般人を恨む気持ちはある。
仕方のない事とわかっているけど、どうしても許せない。

姉は気丈にも立ち直ったように生活していた。でもダメだった。
俺が学校から帰ったら自室で睡眠薬を大量に飲んで黄色いアブクを吐いていた。
俺はその光景が未だに忘れられない。
姉は即入院し、それから再度自殺した。

姉の葬儀が終わってから父は会社をやめた。会社は父に結構な額の退職金を支払ってくれた。
父は日中ボーゼンとしていた。俺や弟が半仕掛けてもうん…うん…しか言わなかった。
近所のおばさんたちもすごく協力してくれて、夕ごはんをくれたりした。

あるとき俺が学校から帰ると、父が仏壇の前で突っ伏していた。酒を飲んでいるようだった。
俺はすごく悲しくなってしまって、父の背中にしがみついて泣いた。おんおん泣いた。
俺はあまり泣いたりするような子どもではなかったので、すこし父が驚いていた。
そしてごめんなあ、ごめんなあ、といって一緒に泣いた。

警察からの捜査の進展に関する話しなどもなかった。

俺は高校に入学した。弟は中学生になった。
父は自分の前職での技能を生かし、在宅で仕事を始めた。仕事は前の会社がたくさんくれた。
家の家事は全部自分がやった。弟には勉強をして欲しかった。部活をして欲しかった。
そのへんの中学生と同じような生活をして欲しかった。
しかしそうはいかなかった。
弟は学校帰りに車に轢かれて死んだ。車と壁に挟まれて死んだ。
運転手は若い男で、最初は脇見運転だったと供述していたが、後に大金をつまれて頼まれた、と自白した。

そうしてその男に依頼した女、例の勧誘おばさんにたどり着く。
勧誘おばさんは逮捕された。理由はあたしの言うことを聞かなかった一家が憎い、との事だった。
しかし不審な点がいくつもあった。
まずその勧誘おばさんはすでにある宗教に入っているわけではなかった。
つまり、一人で、自分の作った宗教の勧誘を行なっていた。うちに空き巣を働いたのもこのおばさん。
となると話がこじれてくる。大量の足跡はおばさん以外に誰が。

おばさんは警察の尋問をのらりくらりとかわし、この話の真相を語らなかった。
身分を証明するものを何一つ持っていなかった。
背景は何もわからなかった。ただ金を沢山持っているが、その資金の元もわからなかった。
なにもわからなかったんだよ。無念だった。怒りしか無かった。
おばさんは拘留期間中に死んだ。心筋梗塞だったらしい。

父は引越しを提案した。俺もそうしたいと思った。
家には楽しい思い出よりも、悲しい思い出のほうが圧倒的に多かったから。
事件が事件だから、もし近所の人にも迷惑がかかったら申し訳ない。
俺と父さんは引越しの準備、そもそも家には必要最小限のものしかなかったけど、ちょくちょく進めた。

そして引越しを次の週に控えた木曜日の夜、俺と父さんは近所の銭湯に行った。
暖かかった。そしてすこしだけ嬉しかった。父さんも久しぶりに笑った。

ふたりで一緒に帰っている途中、サイレンの音が自宅方向から聞こえてきた。
自宅が炎上していた。

俺は何も言えなかった。
父さんも放心状態だった。燃える我が家を見つめ、あ…家が…あ…と呟いていた。
父さんの目にごうごうとした炎が写っていたんだよ。

放火だった。燃えカスの中に、建材に灯油かなんかを浸したもの、というのが見つかったらしい。犯人は捕まらなかった。
近所の家にも被害が出た。父さんは土下座をしていた。
でも被害が出た家のおばさんは、俺のことをギュッと抱きしめて泣いてくれたんだよ。

俺達は引っ越した。
引っ越した先で父はおかしくなってしまった。
自宅で仕事をしていると、まだ元気だったころの母さんと姉ちゃん、弟がふつうに部屋にいるらしい。
そして昔のように「お父さん、またオナラしたでしょ~」とか「ねえねえ、来週鴨川シーワールド行きたいね」とか、
話しかけてくるみたいだった。
俺も実はちょくちょく見ていた。見ていたけど、これは幻覚だ幻覚だ…と思い込むようにし、徹底的に無視していた。

受け入れたらもう俺はダメだと思っていたからね。
でもある時、俺と父さんと二人で晩飯を食っている時に、台所から「あ、醤油切れちゃった」という母さんの声を聞いてしまった。
父と目があった。聞いたようだった。
父さんははっはっは!はっはっはっは!母さん!今買ってくるわ!と言って、一瞬真顔になり、俺の首を締めた。
すぐ正気に戻り、「ああ!ああ!俺はなんてことを!」そう言ってベランダに向かい、そのまま飛び降りたんだ。

こうして父も死んだ。俺が残った。
俺は父さんの兄に引き取られて、高校を卒業し、都内に就職して一人暮らしを始めた。
それから結構な年月経ってしまった。
俺は今年32結婚もせずにまだ一人でいる。俺の部屋にはたびたび家族がいる。なつかしい昔の姿で、生活している。
悲しいのは、みんな当時の年齢そのままなんだ。
病院も行った。精神的に不安定と言われた。薬も貰ったが姉の自殺した時の光景が忘れられなくてあまり飲めないでいる。
この話はこれで終わりです。
一家全滅、というのは俺がもう限界だからです。
自殺しようとは思っていないけど、あのババアの呪いというか、そういったものがあるようなきがして、
いつかサクッと死ぬんじゃないかって。

1 2 3 4