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S.H.MonsterArtsの『ゴジラモスラキングギドラ大怪獣総攻撃(以下GMK)』版ゴジラフィギュアが届いた。この映画はゴジラファンの間で原点回帰の傑作と評価されているが、今回はその評価が本当に正しいのか検証していきたい。(続 pic.twitter.com/b49uwV4avZ

承前)いきなりだがこの映画の主要人物、立花准将の「彼らはこの国を守るために戦った」という台詞は近代における日本の戦争は全て日本から攻撃を仕掛けた史実に反している。戦時中映画が無敵の皇軍という大嘘を大勢の国民を信じ込ませた事実を踏まえるとこうした表現には敏感になるべきであろう。(続

「彼らはこの国を守るために戦った」って他の国が日本に攻めてきたから戦ったって意味だけど実際は日本から他の国に攻め込んでいるんだからこれはおかしい。

承前)ゴジラの放射熱線でキノコ雲が上がる場面や、ゴジラを太平洋戦争の犠牲者の残留思念の集合体と主張する伊佐山教授の台詞などあの戦争を強く意識させる一方で、先に戦争を仕掛けた日本の罪を誤魔化す台詞を主要人物である立花准将に言わせるのがGMKの問題点といえる。(続

「人々がすっかり忘れてしまったからだ。あの叫びを、あの無念の声を。」と戦争による犠牲を忘れた人達を戒める台詞がある一方で戦争を仕掛けた日本の罪には触れないどころかまるで日本は他国から先制攻撃されたかのように思わせるのは悪質だ。日本が先に他国に武力行使して戦争が始まったという事実を忘れさせようとしているわけだから。

承前)GMKでは自衛隊に相当する組織として防衛軍が登場する。金子修介監督曰く憲法九条はあるが二項のない世界との事で、立花准将の「それ(=昭和29年のゴジラ上陸)以来わが国は内外に誇る平和を保っている」という台詞から現実の日本同様に長年戦火に巻き込まれなかったことがわかる。(続

横浜でゴジラを迎撃する直前の場面で立花准将が言った「実戦経験なきことこそ最大の名誉でした」自体は名台詞なんだけど・・・。

承前)GMKを観ていると憲法九条二項は不要という印象を受ける。しかし実際はこちらblog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/…で指摘されているように憲法九条二項が無ければ日本は朝鮮戦争やベトナム戦争等に参戦させられていたのだ。これもまたGMKの欺瞞の一つである。(続

実を言うと私もこれに騙されていた時期がある。反省しないと。

承前)GMKは現実の日本に酷似した世界観で太平洋戦争を意識させる描写も多い。しかしその中に日本兵は国を守るために戦ったとか憲法九条二項は不要といった嘘を混ぜているのは製作側の意図に関係なく厳しく批判されるべき点である。戦時中も日本国民を騙すために映画で嘘を吹き込んだのだから。(続

承前)なお劇中の終盤で特殊潜航艇さつまに乗る立花准将は広瀬中佐のように外から傷口にD03弾を撃ち込めばよかったのに海中にいるゴジラの口の中に突入する。この無駄な場面はGMKの欠陥の一つだが同じ東宝映画『永遠の0』同様に操縦者を正面から写す描写があるのは見逃せない。(続

外から攻撃すれば済んだのに意味もなくゴジラの体内に突入という展開だけでもお粗末だが、実を言うと傷口にD03弾を撃ち込めば勝てるという設定自体にとんでもない欠陥がある。それについては後述するのでそちらも必見。

承前)話の展開に不要な立花准将がゴジラの体内に突入する場面をねじ込んだGMKは米軍からは馬鹿爆弾と嘲笑され大勢の若者を無駄死にさせた特攻をかっこよく見せる歴史偽造映画『永遠の0』の先駆けなのだ。(続 pic.twitter.com/r3QoQ316cT

米軍は特攻を恐れてたというより部下に自爆攻撃をさせる日本軍のお偉いさんのやり方に対してドン引きしてただけというのが現実だったりする。

承前)立花准将は一応ゴジラを倒し生還するが『ゴジラファイナルウォーズ』、2006年版『日本沈没』では戦果を挙げるものの当事者は死亡、そして『永遠の0』では当事者が死亡するだけで結局日本は敗北とだんだん東宝映画における特攻のもたらす成果が悪化しているのはどうしたことか。(続

この調子だとシン・ゴジラにも特攻を肯定的に描く場面ありそう。監督が2006年版『日本沈没』と同じ人だし。

承前)GMKではゴジラの体内に突入した立花准将がゴジラを倒し生還という筋書で史実では無駄な犠牲でしかない特攻を肯定的に描き映画自体が大ヒットしたことで後続の東宝映画が特攻を肯定的に描く事を許容する前例になってしまった。本来は不要な場面を無理矢理ねじ込んだ弊害は余りにも大きい。(続

承前)GMKを観てゴジラに突入する立花准将をかっこいいと思ったり、『永遠の0』を観て感動したという人は実際に特攻隊の訓練受けた人の声を聞くべきだ。悲惨な実態を無視して特攻をかっこよく感動的に見せるのは一種の洗脳である。(続 pic.twitter.com/zNxFvGZ5Le

承前)ここからは同じミレニアムシリーズである『ゴジラ2000ミレニアム(以下ミレニアム)』とGMKを比較してみる。どちらも架空の兵器が登場するものの極力現実に沿った世界観という点でよく似ているので比較対象にはもってこいだ。(続 pic.twitter.com/TtsppE3ea8

観客動員数ではGMKの方が上だが果たして内容はどうだろうか?

承前)福島原発を調査するロボットの故障の一因が放射線であることを踏まえると(参考:dot.asahi.com/wa/20120926009…)、ミレニアムのこの場面は非常に現実味がありゴジラの体から出る放射線の影響を見事に可視化している。(続 pic.twitter.com/4wJFPppCCi

エメリッヒ版をただ真似ただけではなくてちゃんと放射能に関する描写を入れたのは評価すべきだろう。

承前)ゴジラが体を近づけるだけで機械が狂ったりゴジラを撮影したフィルムが感光したりとミレニアムは初代ゴジラの放射能に関する描写を独自の形で継承しているが、GMKは「残留放射能の確認が済んでない」という台詞だけで片付けている。(続 pic.twitter.com/dRkgWuuRWT

さすがに東海村臨界事故の年に劇中で被爆者を出すのは不味かったのかもしれないけど、違う形でゴジラの体から出る放射能をきちんと表現しているのは見事である。それにひきかえGMKは・・・。

承前)初代ゴジラのゴジラの体から出る放射能という重要な設定を別の形で表現したミレニアムと比べると重要な設定を台詞一つで済ませたGMKは原点回帰には程遠く、ミレニアムから何も学んでいないといえる。またゴジラが東京を狙う設定に関してもミレニアムとGMKには大きな隔たりがある。(続

承前)東海村で自衛隊のフルメタルミサイル攻撃に怒ったゴジラが終盤で東京を火の海にしたミレニアムと防衛軍がゴジラに攻撃したわけでもないのにゴジラの方から焼津港に上陸したGMKのどちらが防衛隊の爆雷攻撃でゴジラを怒らせ東京襲撃を招いた初代ゴジラの設定を継承しているのかは明らかだ。(続

怨霊にとり憑かれたゴジラだからこっちから攻撃しなくても襲ってくるだろという声もあるだろうが、それなら怨霊にとり憑かれたゴジラという設定がゴジラを東京に呼び寄せた原因は防衛隊の武力行使という初代ゴジラの設定への原点回帰を邪魔しているということだ。GMKを原点回帰だとか言ってる人達ってゴジラの外見だけしか見てないのでは?

承前)ミレニアムの主人公篠田はゴジラへの武力行使に否定的で初代ゴジラの主要人物山根博士を強く意識しているが、GMKでゴジラへの武力行使に反対する主要人物は皆無だ。伊佐山教授も護国三聖獣を目覚めさせてゴジラを倒せと主張しているのでゴジラを倒すことに反対しているわけではない。(続

2014年版ゴジラの芹沢博士もゴジラへの武力行使に反対する学者という初代ゴジラの山根博士の設定をしっかりと継承している。しかし2000年以降のゴジラ映画はゴジラへの武力行使を当然視する国家権力の目線で描かれていて、山根博士に相当する主要人物は登場しない。

承前)GMKでゴジラを殺すことに反対するのは端役の若者達だけである。愚かな若者達が面白半分でゴジラに同情し結局ゴジラに全員殺されるというGMKの筋書に、ゴジラへの武力行使に反対する山根博士が主要人物である初代ゴジラへの敬意は全くない。原点回帰が聞いて呆れる。(続

GMK本編で避難する民間人の男女が防衛軍に「兵隊さん頑張って!」と声援を送る場面があるが、彼らがゴジラに殺される場面はなく、無事に生き延びたようだ。ゴジラへの武力行使に反対する人達を愚か者として描き、全員ゴジラにむごたらしく殺されるのとは大違いである。ここまで露骨な隔たりを見せられると、GMK製作側は戦争に反対する人達に悪意を持っているのではないかという疑惑が生じてくる。

承前)そもそもゴジラが東京を襲撃できずに終わったGMKをゴジラによる東京襲撃が物語の要点である初代ゴジラへの原点回帰と評価するのはおかしい。防衛軍を全滅させ東京を廃墟にしたゴジラが護国三聖獣に成仏させられる展開が良かったと言うフォロワーさんの方が余程原点回帰を重視している。(続

私だったら一度爆散した千年竜王がバラゴン、モスラの魂と融合して真・千年竜王となり東京を廃墟にしたゴジラと壮絶な戦いを繰り広げて勝利、あるいは相打ちという展開にした。護国三聖獣の魂が光の矢になってゴジラの体内原子炉を貫き、ゴジラが爆発して木っ端微塵という展開もありか。いずれにせよ東京を廃墟にすること、防衛軍は最後まで役立たずというこの二つ無くして初代ゴジラへの原点回帰はありえない。

承前)GMKの冒頭の立花准将が1954年に東京を襲撃したゴジラと戦った防衛軍の話をする場面でも本州から遠く離れた海域のゴジラに攻撃を仕掛けて東京に呼び寄せた事には全く触れなかったのも見逃せない。GMKは原点回帰どころか初代ゴジラの筋書の重要な部分を無かったことにしている。(続

防衛軍は芹沢博士がゴジラを倒した事実を無かったことにしていたけど、GMK製作側も似たような事してましたとさ。とにかくGMKは日本が先に攻撃を仕掛けたことを無かったことにしようと必死過ぎ。

承前)同じ金子修介監督の平成ガメラ三部作同様にGMKには権力側の武力行使で民間人が巻き添えになる描写が全くない。民間人である主役の篠田が危機管理局情報局主導のUFO爆破作戦の巻き添えで命の危機に晒されるミレニアムとは大違いだ。(続 pic.twitter.com/k5dVNpw4AZ

私がミレニアムを評価する大きな理由の一つがこれ。

承前)武力行使による民間人の巻き添えが無数にある現実を見れば、防衛軍の武力行使で民間人の巻き添えの描写が無いGMKと、自衛隊の爆破作戦の巻き添えで主人公(民間人)が死にかけるミレニアムのどちらが現実味ある映画かは明らかだ。GMKの現実を意識した描写は肝心な部分が欠落している。(続

承前)ミレニアムはUFO爆破作戦で主人公が死にかける場面で国家権力の強権行使や武力行使も民間人にとっては怪獣という現実を正面から表現したが、GMKは芹沢博士の功績を隠蔽した設定を台詞だけで済ませ関係者への弾圧等には一切触れず国家権力も怪獣という現実を表現することから逃げた。(続

平成ガメラにも同じ事言えるけど、現実を強く意識した怪獣映画にするなら民間人にとっては国家権力の強権や武力も怪獣そのものという現実を描かないのはおかしい。怪獣が暴れて民間人を巻き添えにするのは映画の中だけの話だけど国家権力の強権や武力の行使が民間人を巻き添えにするのは数え切れないほど実例があるわけだし。

承前)ゴジラと戦った怪獣の設定を比較しても危機管理情報局という強権を有する国家機関が資源欲しさに海底から引き上げたUFOというミレニアムと、暴走族や大学生が封印を解いたバラゴンやモスラというGMKでは国家権力の失態と個人の失態という大き過ぎる隔たりがある。(続

こういう部分を比較しても、国家権力の失態がとんでもない事態を引き起こすミレニアムに対し、怪獣の出現を個人の失態に矮小化し国家権力の失態を描くことを避けたGMKという両映画の隔たりがよく現れている。2014年版ゴジラの多国籍企業がウラン欲しさに新怪獣ムートーを掘り出して冬眠から目覚めさせる展開は明らかに危機管理情報局が資源欲しさにUFOを海底から引き上げたミレニアムへのオマージュだ。多国籍企業は国家ではないが国家さえ手玉に取るほどの経済力や政治力を有している。

承前)ゴジラに成り代わり地球を支配し千年王国を作ろうとして自滅というオルガの設定は欧米に成り代わりアジアを支配し大東亜共栄圏を作ろうとして破滅した日本そのものだが、GMKは作品自体に戦争を起こした日本の罪に関する描写がない。(続 pic.twitter.com/8bDme4tzhj

ミレニアムの製作者はこれ確信犯じゃないのと最近では思ってたり。

承前)GMKゴジラは太平洋戦争の犠牲者の怨念という設定で戦争を推進し大勢のアジア人を犠牲に日本を破滅させた政府や軍部の象徴ではない。ミレニアムにはあった国家権力が民間人に命に関わる被害を与える描写がない点を踏まえてもGMKが国家による加害を描写することを避けているのは明白だ。(続

結局詰めが甘いんだよGMKは。国家による加害を描写することをわざと避けてるならもっとタチ悪いけど。

承前)ミレニアムの製作側の意図がどうであれオルガの戦争を起こして破滅した日本を暗示させる設定はGMKも参考にすれば良かったのに勿体無い。結果的にGMKは戦争を意識した描写が多い割に太平洋戦争の主体である政府や軍部の罪への言及という肝心な部分がお留守の映画になってしまった。(続

特に太平洋戦争を意識したわけでもないミレニアムに戦争の主体を暗示する描写があるというのも興味深い。で、GMKは一体何なのよ?

承前)またオルガは放射熱線の直撃で焼けただれた姿になり最期は灰になり崩れ去ったりと原爆の犠牲者を強く意識しているが、護国三聖獣の最期は従来の怪獣同様爆発するだけだ。劇中で最強と言われた千年竜王にD03弾が効くのも変な話だが。(続 pic.twitter.com/ve2HAXG8S4

原爆の詩で焼けただれた姿で焼け野原を徘徊する原爆の犠牲者を知った時は衝撃的だったし、オルガが焼けただれた姿で首筋の皮膚をぶらぶらさせながら炎から這い出てくる場面の元ネタはこれかと気づかされて戦慄した。一方劇中で石に封印された怪獣の霊魂だの、武器では倒せないゴジラに立ち向かうヤマトの守り神だのと散々持ち上げておきながら千年竜王にD03弾が普通に効いた場面観た時には唖然とした私であった。

承前)実は自衛隊のUFO爆破作戦で民間人を巻き添えという形で国家の強権や武力の行使も怪獣そのものという現実を表現し、オルガを原爆の犠牲者に見立てる等ミレニアムの特筆すべき点はGMKを含む『ゴジラ×メガギラス(以下メガギラス)』以降の日本のゴジラ映画では全く活かされていない。(続

2014年版ゴジラにはゴールデンゲートブリッジでゴジラ出現にパニック起こした米海軍が橋の上の友軍や避難する子ども達にミサイル撃ち込む場面がちゃんとある。雌のムートーがゴジラの放射熱線で体を焼き切られて絶命する場面は高温高圧の爆風で体を焼き切られた原爆の犠牲者を強く意識していることは手足など体の部位が無くなった黒焦げ死体があちこちにある広島や長崎の写真を見ればすぐにわかる。

承前)メガギラス以降の日本のゴジラ映画はGグラスパー、防衛軍、特生自衛隊、地球防衛軍(本部は東京で日本主体の組織)がゴジラに立ち向かう形で日本の技術や軍事力を誇示し自国優越主義を煽る一面があり、核も効かないゴジラに防衛隊の攻撃は逆効果という初代ゴジラの本筋からかけ離れている。(続

ゴジラVSビオランテでは陸上自衛隊のスーパーX2がゴジラをてこずらせたり、ゴジラVSキングギドラでは日本企業が核ミサイル搭載した原潜を保有していたりと自国の軍事力を誇示するキナ臭さはあったがゴジラを倒すほどではなかった。だがメガギラス以降の日本のゴジラ映画は自国の技術や軍事力でゴジラを消滅させうるブラックホール砲や絶対零度砲を開発したり実際にゴジラを倒す、あるいは戦闘不能にする場面がある。これは自国の技術や軍事力を誇示するプロパガンダと言っていい。

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芹沢亀吉さん

核兵器や原発、権力の暴走に強い危機感を持つゴジラ原理主義者。同調圧力、新自由主義、國體は滅べ。アイコンの龍は所有するフィギュアを撮影。