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樹木希林&内田裕也と「沢田研二」の不思議な関係

日本を代表する名女優・樹木希林。彼女が一躍知名度を上げたのが、西城秀樹も出演したドラマ『寺内貫太郎一家』。老け役を演じ、ポスターに向かって「ジュリー」と悶えるのがお約束。ジュリーとは当時のトップスター沢田研二。実はソロになる前のザ・タイガースを見出したのが、樹木希林の夫・内田裕也だった。

更新日: 2019年09月15日

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aku1215さん

■日本を代表する名女優・樹木希林

日本映画に必要不可欠の名優・樹木希林。

第36回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞に『わが母の記』で認知症の母親を演じた女優の樹木希林が輝いた。同賞を受賞するのは『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』以来5年ぶり2度目。

70歳で最年長最優秀主演女優賞受賞となった。過去には最優秀助演女優賞も一度受賞している。

■出世作は『寺内貫太郎一家』 「ジュリー」と悶えるのがお約束

頑固で短気な石材店の主人に亜星が扮し、老女のきん役を悠木千帆(現在の樹木希林)、貫太郎の息子・周平に西城秀樹、お手伝いに浅田美代子など豪華キャストがそろい、平均視聴率31.3%を獲得した。

『寺内貫太郎一家』(1974)

樹木希林とジュリーのポスター

樹木さんが一躍知られるようになったのは、テレビの「寺内貫太郎一家」。おばあちゃん役で、大きなポスターの前で「ジュリー!」と叫びながら腰を振り身悶えするシーンは大きな話題を呼んだ。

「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」と人気ドラマへの出演が相次ぐ。特に30歳前後での老け役は話題を呼んだ。

■ジュリーとは沢田研二 当時のトップスター

ニックネームの「ジュリー」は、女優ジュリー・アンドリュースのファンだったことから。

「ザ・タイガース」

名優・岸部一徳もメンバーだった

日本のグループサウンズを代表する人気バンド、ザ・タイガースでデビューし、甘い歌声と美しいマスクで大人気に。

ソロとしてのシングル総売り上げは1,239万枚。ザ・タイガース、PYG時代を含めると1,666万枚! 2000年『日経エンタテインメント』の「J-POP巨人列伝-20世紀を駆け抜けた10人」では、美空ひばりに次いで第2位にランクイン。

■実は沢田を見出したのは樹木希林の夫・内田裕也

吉田「ジュリーが頭が上がらないのが内田裕哉さんなんですよ。元々、タイガースを見つけてきたのも、内田裕哉さんで」

吉田=吉田豪(プロインタビュアー)

内田裕也と沢田研二

1966年、大阪のジャズ喫茶に出演していたザ・タイガースの前身のファニーズの姿があった。際立って人気があったのが沢田で、ここを訪れた裕也はファニーズに惚れ込み、東京行きを勧めたのだ。

吉田「『僕は内田裕哉ファミリーです』ってジュリーも公言してて。最近も、一緒にライブをやってて」

「義理堅い沢田は内田への恩義を忘れない。だから沢田は内田に頼まれれば断ることができないんです。年末から新年にかけて行われていた越年ロックコンサートに協力をしてきました」

樹木希林と内田裕也&本木雅弘一家

吉田「それで、内田裕哉さんが頭が上がらないのが、樹木希林さんで」

■ソロになってからも快進撃 名曲多数

『勝手にしやがれ』(1977)

ソロ転向後の77年、「勝手にしやがれ」のパナマ帽を投げるパフォーマンスが大流行し、「帽子投げ禁止令」が出た小学校も。

『LOVE(抱きしめたい)』(1978)

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