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雄渾、精緻、洒脱…。心に響く皇后美智子さまの和歌

現代を代表する歌詠み、皇后陛下。お立場上、杓子定規な堅苦しい短歌ばかりかと思いきや、意外にもバラエティーに富んでいます。スポーツ選手を讃えたものから、国際情勢をうたったものまで、そのお目の広さには圧倒させられます。膨大な作品の中から、印象的な歌をピックアップしました。

更新日: 2016年07月04日

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il0veb00ksさん

◉天空にはせる思い

【昭和44年歌会始 御題「星」】
幾光年 太古の光 いまさして 地球は春をととのふる大地

昭和44年(1969年)。

皇太子妃時代の作。

美智子さまは、春をうたった作品も多く詠まれているが、この作品は特に雄大。

【宇宙飛行士帰還】
夏草の茂れる星に還り来てまづその草の香を云ひし人

平成21年(2009年)。
四ヶ月半に及ぶ国際宇宙ステーションでの長期滞在を終えて無事に 帰還した若田光一宇宙飛行士が、帰還直後の記者会見で、ハッチが開いて草の香りがシャトルに入ってきたとき、地球に迎え入れられた気がしたと語った。この御歌はそのことを詠まれたもの。

2009年、米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル・エンデバーで帰還した宇宙飛行士の若田光一さんは、ケネディ宇宙センターで記者会見し、「ハッチが開いて草の香りがシャトルに入ってきたとき、地球に迎え入れられた気がした」と笑顔で語った。

【はやぶさ】
その帰路に己れを焼きし「はやぶさ」の光 輝(かがや)かに明かるかりしと

平成22年(2010年)。

2010年6月13日22時51分頃、惑星間軌道から直接12km/sの相対軌道速度で、はやぶさ本体およびカプセルは大気圏再突入した。

◉健闘をたたえて

【北京オリンピック】
たはやすく勝利の言葉いでずして「なんもいへぬ」と言ふを肯(うべな)ふ

平成20年(2008年)。
北京オリンピックで、北島康介選手が平泳ぎの百メートル決勝で世界新記録をだし1位となった。直後のインタビューで、思わず発したこの言葉をお聞きになったとき、本当にそうだろう、とそれにうなづかれたお気持ちを詠まれたものである。

2008年の北京五輪で、競泳男子100メートル平泳ぎ決勝で北島康介が金メダル(58秒91、世界新)。レース後のインタビューで涙ながらに「何も言えねえ」とコメントし、流行語大賞にノミネートされた。

【千葉県全国身体障害者スポーツ大会開会式】
朝風に向かひて走る身障の身は高らかに炬火(きよくわ)をかざして

昭和48年(1973年)。

◉平和への祈り

【鹿】
鹿子じものただ一人子を捧げしと護国神社に語る母はも

昭和49年(1974年)

【平成】
ともどもに平らけき代を築かむと 諸人(もろひと)のことば国うちに充つ

平成2年(1990年)。

【天皇陛下御還暦奉祝歌】
平和ただに祈りきませり東京の焦土の中に立ちまししより

平成6年(1994年)。

【硫黄島】
銀ネムの木木茂りゐるこの島に 五十年(いそとせ)眠るみ魂かなしき

慰霊地は今安らかに水をたたふ 如何(いか)ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ

平成6年(1994年)

硫黄島は、太平洋戦争の激戦地。昭和20年(1945年)の2月から3月にわたって日米両軍の熾烈な戦いが展開され、2万人の日本兵のほぼ全員が戦死した。
この硫黄島玉砕の後、米軍は沖縄に上陸する。

天皇、皇后両陛下は、平成6年に硫黄島を訪問されている。

【終戦記念日】
海陸(うみくが)のいづへを知らず姿なきあまたの御霊(みたま)国護るらむ

平成8年(1996年)

【サイパン島 】
いまはとて島果ての崖踏みけりし をみなの足裏思へばかなし

平成17年(2005年)。
終戦60年に当たる平成17年6月、両陛下はサイパン島に慰霊の旅を果たされた。この御歌は、絶望的な戦況の中で島の果ての断崖から身を投じていった女性たちのことを思われてお詠みになった御歌である。

太平洋戦争中の昭和19年(1944年)6月から7月にかけて、日米両軍はマリアナ諸島サイパンで激突、戦いの末に日本軍は全滅した。
この戦いのさなか、日本人居留民の多くが海に飛び込んで自殺した(バンザイクリフ)。

平成17年(2005年)、天皇、皇后両陛下は慰霊のためサイパン島を訪問された。

◉激動の世界

【ベルリン】
われらこの秋を記憶せむ朝の日にブランデンブルグ門明るかりしを

平成元年(1989年)

1989年、ベルリンの壁が崩壊。その翌年には東西ドイツが統一され、冷戦は終局へと向かっていく。

【ニュース】
窓開けつつ聞きいるニュース南アなる アパルトヘイト法廃されしとぞ

平成3年(1991年)

【鳥渡る】
秋空を鳥渡るなり リトアニア、ラトビア、エストニア今日独立す

平成3年(1991年)

バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)は1991年8月20日、ソ連から独立した。
同年12月、ソ連は崩壊する。

知らずしてわれも撃ちしや春闌(た)くるバーミアンの野にみ仏在(ま)さず

平成13年(2001年)
春深いバーミアンの野に、今はもう石像のお姿がない。人間の中に ひそむ憎しみや不寛容の表れとして仏像が破壊されたとすれば、しらずしらず自分もまた一つの弾を撃っていたのではないだろうか、という悲しみと怖れの気持ちをお詠みになった御歌。
(参考) 皇后さまは昭和46年(1971年)アフガニスタン公式訪問中、陛下とバーミアンをお訪ねになり、次のような御歌をお詠みになっている。この時すでに石像のお顔はそがれていたが、この度はタリバンにより撃たれ、爆破された。
【アフガニスタンの旅】 バーミアンの月ほのあかく石仏は御貌(みかほ)削がれて立ち給ひけり

2001年3月、アフガニスタンを支配下に置いたタリバンは、偶像崇拝だとしてバーミヤンの石仏を爆破した。

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