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「幸福の科学」「幸福実現党」と聞いて「オウム真理教」を連想してしまう人は少なくはないだろう。

私が好きなのはオウムであって幸福の科学では無いから…

幸福の科学党が参議院議員選挙に惨敗してオウムみたいにテロ起こさないのか不安です

選挙の公示ポスター、純粋にポスターの出来(顔面偏差値を最も重視)から選ぶと幸福実現党になってしまうあそこは党首も美人だからそういう選抜方式っぽい。ここの選挙区から出馬するのはじめてだよね?ちょっとオウム思い出して怖さある。

しかし、いち早く「オウム事件」の解決に尽力していたのは「幸福の科学」なのですよ。

幸福の科学の信者たちが1995年2月の「假谷さん拉致事件」に対して「オウムの仕業だ」と全国でデモをしたことは、マスコミ報道では一切触れられないが、実質的にオウムから日本を救った。

宗教学者たちが盛んにオウムを持ち上げていた1990年前後から、唯一、オウムの本質を「テロ集団」と見抜き、勇気をもって批判し続けていた団体については、マスコミは一切取り上げようとしない。きわめて公平性を欠いていると言わざるを得まい。
 その団体は「幸福の科学」。1995年2月、「假谷さん拉致事件」の際、幸福の科学の職員が拉致現場を目撃し、警察に通報。「假谷さん拉致はオウムの仕業だ。麻原を逮捕せよ」と全国各地でデモをし、警察を動かしたのは幸福の科学の信者たちだった。

さらに、「幸福の科学」はいち早く「オウム真理教」の存在を周りに警告していた。

幸福の科学もこのオウム事件の解決に尽力したことを、当会の会員の多くは知っているであろうと思います。
そもそも、ことの発端は、目黒公証役場事務長の假谷さん拉致事件から始まりました。白昼堂々、大人の男性を拉致するという蛮行を、オウム教団の幹部たちがなしたわけです。
実は、その現場を目撃したのが、ほかならぬ幸福の科学の正会員、数名でした。そして、彼らが警察への第一通報者となりました。
その後、強制捜査に入っていただけるように、幸福の科学から警察の方々にお願いすること2週間ー。その間、マスコミの方々にも力をお借りしました。
さらに、政治関係にも、あらゆるルートを使って、問題の解決をお願いしました。重要官僚から、それ以外の政治家の方々にまで、「このオウム事件は非常に大変な問題を含んでいる」ということを訴えました。
当会の幹部の一人は、飛行機に乗って大分県に行き、村山総理の側近にまで会い、「解決しないと大変なことになる」ということを直言しました。
実は、その時点で私たちは、「オウム教団が、東京都民一千二百万人に対する殺戮計画を持っている」ということを情報としてつかんでいたのです。

出典新生日本の指針

假谷さん拉致事件は、目黒公証人役場事務長の假谷清志さんが連れ去られ、殺害された事件。オウム真理教に入信していた假谷さんの妹が、目黒公証人役場の土地・建物を教団に布施するよう強要されたため、妹が教団から逃げ出し、假谷さんが匿っていた。
そこでオウム側は、東京都品川区の公証人役場から出てきた假谷さんをワゴン車に押し込み、山梨県上九一色村(当時)の教団施設に連れ去ったうえ、麻酔薬を過剰に投与して死亡させた。

しかし、警察はなかなか動かなかった・・・。

しかし残念ながら、村山総理は、オウム事件の本質を、そう簡単には理解されなかったようです。他の重要官庁にも申し入れましたが、地下鉄サリン事件が起きた後に、「北朝鮮詣で」をしているような状況であって、ほとんどの方が上の空でした。
東京都民の生命が担保に取られているというのに、動かない政治家たちがいるということは、私にとって、まことに信じられないことでした。
時期の総理・総裁候補と言われる方がたであっても、状況は村山総理とほとんど同じであって、危機管理能力はゼロといってよい状況でした。
総理候補といわれる橋本龍太郎氏(通産大臣)にしても、オウム事件について申し入れをしたら、「今は忙しいので、内容を書類にして通産省に送ってくれ」といって、それで終わりです。これで総理になれる器でしょうか。
また、自民党の総裁である河野洋平氏にしても、ほとんど危機管理能力を有していないのは、村山総理と同じです。

出典新生日本の指針

いま力を持っているといわれる、いわゆる「YKK」の加藤紘一政調会長以下の方々は、聞く耳は持っておりました。そのうちのある人に、私たちは解決を図ってくれるようにお願いしたのですが、テレビに出てオウム教の嘘つき幹部に折伏される有り様で、まったく幻滅しました。
国会議員数多くあれど、そのなかで獅子奮迅の努力をされたのは、当会の正会員である三塚博氏でした。この方が、オウム事件のあいだ、「事実上の内閣総理大臣」として国家的危機管理を掌握し、あらゆる根回しをしてくださったのです。

出典新生日本の指針

その後3月20日に「地下鉄サリン事件」が起こり、警視庁が重い腰を上げて強制捜査を行ったのだった。

1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件[1]である。この事件は日本だけでなく、世界にも大きな衝撃を与えた。
事件から2日後の3月22日に、警視庁は新興宗教団体オウム真理教に対する強制捜査を実施し、事件への関与が判明した教団の幹部クラスの信者が逮捕され、林郁夫の自供がきっかけとなって全容が明らかになり、5月16日に教団教祖の麻原彰晃が事件の首謀者として逮捕された。

警視庁は捜査が一段落した同年9月、拉致事件を目撃し通報した幸福の科学信者に対し、感謝状を贈っている。

オウム真理教という犯罪集団を追い込み、壊滅へと導いたのが幸福の科学であって、「幸福の科学はオウムと一緒」というのはまったく根拠がなく、正反対のことを言っているにすぎないのだ。
宗教を語るときに、印象レベルではなく、事実をもって語ってもらいたいものだ。

このように、「幸福の科学」と「オウム真理教」一緒にして考えるのは、あまりにも理不尽ではないだろうか・・・。

幸福の科学は政府以上にオウム事件の解決に尽力していたのです!

それは「創価学会」のように「他宗の排斥」という観点からではなく、あくまで、オウム真理教の「犯罪行為」に対して「止悪」の観点から毅然として、立ち向かったのであり、「政治家や警察に働きかける」という平和的で正当な方法で、暴力を振るう犯罪集団に立ち向かったのです。

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kickasspanchassさん

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