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ソンムの戦い(第一次大戦)の開始から100年、英国で大掛かりな記念イベントが行なわれている。

1916年7月1日朝、フランス北部のソンム河畔で、英仏軍がドイツ軍に対する攻勢をしかけました。数ヶ月続いたこの戦闘は、全部で100万人を超える戦死者を出していますが、初日が最もひどい流血・殺戮となりました。それから100年、英全土に「兵士」たちが出現しています。

更新日: 2016年07月01日

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nofrillsさん

7月1日、「ソンムの戦い」(後述)の開戦から100年となる記念日に、#Somme100 のハッシュタグを見ていたら、ロンドンのウォータールー駅など現代の建物の中に、一般の利用者に混じって、昔の英軍の軍服を着た人たちが大勢いる写真が流れてきた。

これはマンチェスターのピカディリー駅。

ロンドン、キングズ・クロス駅。

ロンドン地下鉄の中にも。

「兵士」たちは、日常生活をただ送っている現代人の中に姿を現した。

「兵士」たちは駅の中だけでなく、街中にも現れている。これはシェフィールド。

これはニューカッスル・アポン・タイン。街中のモニュメントに「兵士」たちが集っている。

スウォンジー。

ロンドン、リヴァプール・ストリート駅の前(というか横というか)。

これらの「兵士」たちは、通行人に、黙って名刺を手渡している。

「兵士」たちの名刺に印刷されているのは、名前・階級・所属と、年齢、そして「1916年7月1日、ソンムにて死亡」という言葉に、 #wearehere というハッシュタグ。

アイルランド(現北アイルランド)から出征したパトリック・キアニー二等兵は、17歳だった。

おそらくロンドンで、手渡された名刺に見入る清掃作業員。

1916年7月1日、ソンム

ソンムの戦い(ソンムのたたかい、Battle of the Somme)は、第一次世界大戦における最大の会戦である。1916年7月1日から同11月19日までフランス北部・ピカルディ地方を流れるソンム河畔の戦線において展開された。連合国側のイギリス軍・フランス軍が同盟国側のドイツ軍に対する大攻勢として開始し、最終的に両軍合わせて100万人以上の損害を出したが、連合国軍はわずかな土地を獲得したにとどまり、ドイツ側は被害を最少におさえた。

※個人的にはこの記述には関心していませんが、引用なので。

7月1日早朝、英仏両軍の歩兵は砲火と連携しつつ攻撃前進に移った。しかしドイツ軍塹壕への事前攻撃の効果が少なかったこと、攻撃中の部隊との通信連絡が完全に途絶したことに加え、ドイツ軍の防衛陣地が多重防御を備えた強固なものであったため、7月1日の攻撃は失敗に終わる。イギリス軍は戦死19,240人、戦傷57,470人ほかの損失を被った。これは戦闘1日の被害としては大戦中でもっとも多い。

The day was a disaster for the British. The Germans weathered the artillery fire in deep trenches and came up fighting. As the British soldiers advanced, they were mown down by machine gun and rifle fire. In total, 19,240 British soldiers lost their lives. It was the bloodiest day in the history of the British army.

#Somme100 marked with colour photographs released in tribute to those who fought mirror.co.uk/news/uk-news/c… pic.twitter.com/EdEkQahqtN

当時の写真に最新技術で色をつけたものが公開されている。

"the French had more success and inflicted big losses on German troops. In spite of heavy British losses, Douglas Haig, the British general, agreed to continue the attack."
http://www.bbc.co.uk/timelines/ztngxsg

Never forget what #Somme100 really marks. The butchering of mostly working-class youth in the name of a war of trade and Empire.

(案の定、SNSで政府筋・公的機関筋が流しているのは「回顧と追憶」というか「兵士たちの死を悼む」エモーショナルな言説ばかり。個人の発言でも、「なぜあのような無茶苦茶な殺戮になったのか」は、おそらく「今日のような日に言うことではない」というのもあって、ほとんどない)

(「なぜあのような無茶苦茶な殺戮になったのか」は、公的な筋ではBBCスコットランドの twitter.com/BBCRadioScot/s… はあったけど、それしか見ない。個人の発言では「いつもの人」のはあるが)

Nothing says over a million causalities in a senseless battle quite like a fashion statement about royalty #Somme100 twitter.com/MiddletonMaven…

参照されているツイートが消されているけれど、式典でのケイト・ミドルトン(キャサリン妃)がどのような服装で似合っていたとかそういうどうでもいい発言だったのだろうと思う。

「意味のない戦闘で100万人が犠牲になったということを言うのに、王族のファッションがどうたらこうたらという話をする以上のことはない」と皮肉。ハリー・レスリー・スミスさんは90歳を超えた元軍人で反戦活動家。

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