赤備えは元々、武田信玄が重用した千騎ほどの先発隊が発祥とされています。

この部隊がとても強く、赤備えは選び抜かれた屈強な精鋭部隊という認識が固定化したとされています。
また赤色は戦場で目立つため、部隊の活躍がより一層印象づけられたのでしょう。

さらに当時は朱色の染料が非常に貴重で高価なため、特別な事がなければ装備一式を朱色に染めることなどできないという状況も、赤備えを特別化した要因の一つでしょう。

出典真田幸村の甲冑「赤備え」に込められた意味、展示場所は?

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