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銭湯にかつていた「三助」とは?

新ドラマ『神の舌を持つ男』の主人公・蘭丸(向井里)は、「伝説の三助」の孫という設定。この「三助」、かつては多くの銭湯に存在した浴場従業員で、客の背中などを流すなどのサービスを行っていた。近年まで最後の「三助」が存在したが、引退。現在はイベント等で行われる動きも。

更新日: 2019年11月26日

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aku1215さん

■新ドラマ『神の舌を持つ男』の主人公は伝説の「三助」の孫

舞台は全国の秘湯と呼ばれる温泉地。ひょんなことから知り合った3人の男女が、一台のボロ車に乗り温泉宿で寝食を共にしながら、謎の温泉芸者「ミヤビ」を探し求め全国を旅するコミカルミステリー。

『神の舌を持つ男』

左から、佐藤二朗・向井理(主演)・木村文乃

一言でいえば、このドラマは“日本文化の凝縮”だそうだ。とにかく“温泉”“2時間サスペンス”“ベロンチョ”“三助”そして“褌イケメン”のオンパレードだ。

“三助” “褌イケメン”とあるのは、向井理が褌姿で三助をやるからだ。釜焚き・背中流し・風呂掃除の三役を極める伝説の「三助」にゆかりのある役柄でもある。

蘭丸は“伝説の三助”といわれる「大津の ヘースケ」・朝永平助(火野正平)の孫で、弟子だったのだ。

落胆する蘭丸をよそに、寛治は宿の女将・美鈴(片平なぎさ)に「三助として垢すり、湯かけ、肩もみをするから一泊させてくれないか」という無茶な申し入れをする。

■「三助」とは

【三助】
①近世、商家や町家の下男の通り名。
②銭湯で、湯を沸かしたり客の背中を洗ったりする男。

三助とはかまだき、湯加減の調整、番頭の3つの役を掛け持ちす る人の事。3つを助けるから三助。

出典yutty.jp

江戸時代の三助。流す客の男女は問わない。

一旦営業が始まれば、一番番頭は途端に暇。後輩の番頭に、指示を出しておけばいいから。そこで、お客さんの背中を流したりする「流し」を行うことになった。「流し」をしたり、様々な仕事を掛け持ちして助ける。そこから、この役職を「三助」と呼ぶようになった。

大きな銭湯には複数の番頭がいた

「三助」に背中を流してもらいたい客は、番台で申し出て料金を払い、「三助」が洗い場に入り、客の希望を聞いて背中を流したり、髪の毛を洗ったりする。

■近年まで実在した「三助」

最後の「三助」は、東京都荒川区東日暮里にある銭湯「斉藤湯」で50年、人の背中を流し続けてきた橘秀雪(たちばなひでゆき)さんであったが、高齢のため2013年12月29日をもって廃業している。

最後の「三助」橘秀雪さん

橘は富山県氷見市の農家の四男として生まれた。働き口を見つけなければならず、15歳で中学を卒業。当時、大盛況だった銭湯業界に働き口はいくらでもあり、橘もいくつもの浴場に番頭として勤めた。

昔は家庭にお風呂もなく、銭湯は労働者にとっての憩いの場。1日に40~50人のお客さんを相手に「流し」をする事もあり、橘さんにとっては嬉しい悲鳴。

橘はまず、目の粗い洗い布で私たちの背中を痛いほどこすった。せっけんの泡が小さな山になって盛りあがる。それからゆっくりと時間をかけて泡を流す。すっかり流し終わると、これまで体験したことのないようなくつろぎの世界が広がった。

土日になると「流し」目当てで斉藤湯に訪れる人も。遠くは北海道や九州、大阪から、橘さんの「流し」を体験しに来るお客さん。「せっかく東京に来たのだから、斉藤湯に行ってみたい」と。

■背景には滅びゆく日本の銭湯文化がある

昭和40年、東京都内に銭湯は2600軒以上あり、どの街でも背の高い煙突があって、それを目指して歩いて行くとお風呂にありつけたという。ところが、平成入ると毎年100軒単位で減っていき。

東京浴場組合が発行している、銭湯紙1010の記者の方と話しました。現在、東京の銭湯は約620あり、間違いなく激減しているそうです。

風呂付き住宅が一般的になったことや、スーパー銭湯などその他の営業形態が増えたことなどで利用客と軒数が減っており、2013年時点では全国で約5,200軒にまで減少している。

1965年頃には全国で約2万2,000軒存在

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