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永六輔さん死去…突然の訃報に悲しみの声が広がっている

放送作家、作詞家、タレントなど幅広く活躍した永六輔(えい・ろくすけ、本名・孝雄、たかお)さんが死去したことが11日、分かった。

更新日: 2016年07月11日

ajamasu2さん

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・永六輔さん死去

放送作家、作詞家、タレントなど幅広く活躍した永六輔(えい・ろくすけ、本名・孝雄、たかお)さんが死去したことが11日、分かった。

放送作家でタレントの永六輔さんが亡くなっていたことが11日、分かった。83歳だった。

マルチタレントとしてテレビ、ラジオで幅広く活躍した永六輔(えい・ろくすけ、本名・孝雄=たかお=)さんが7日に死去したことが11日、分かった。

・パーキンソン病で闘病していた

2010年になってパーキンソン病で闘病していることを公表した。

22年にパーキンソン病と診断されてからもラジオ出演を続けてきたが、腰の手術のため、今年2月から番組を休養。

永六輔は、昨年の秋ごろから背中の痛みが強くなり、またその痛みは寝起きする時や車椅子の乗り降りの際、つまり体を動かす時に特に強く現れていました。

・6月27日のラジオを最後にすべてのレギュラー番組が終了

今年6月27日のTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」(月曜・後6時)の放送を最後に、すべてのレギュラー番組が終了していた。

永さんは、TBSラジオで毎週月曜日に放送されていた長寿番組「六輔七転八倒九十分」を今年6月27日で終了していた。

退院後は自宅で療養していたが、「体力回復にメドがつかない」として、番組は6月27日に終了していた。

・マルチタレントとして活躍した永六輔さん

永六輔さんは、戦後、作曲家の中村八大さんらと組んでの作詞家として活躍。

東京都出身。早稲田大在学中に作詞・作曲家の三木鶏郎氏の「冗談工房」に入り、放送界デビュー。

高校在学中からNHKラジオに投稿していたコントを放送作家の三木鶏郎氏に認められ、放送作家としての活動を始めた。

・放送作家として活躍

NHKの人気番組「夢であいましょう」の台本を担当するなど放送作家として活躍。

2013年9月まで46年間続いたラジオ「永六輔の誰かとどこかで」は全国番組として最長だった。

ラジオに加え、テレビ草創期から番組の企画や構成を手掛け、NHKのバラエティー番組「夢であいましょう」などの人気番組を送り出した。

・「上を向いて歩こう」なども作詞

作詞家としては、坂本九さんの「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」、梓みちよさんさんの「こんにちは赤ちゃん」などのヒット曲を手掛けた。

北島三郎さんの「帰ろかな」など、作曲家の中村八大さんと組んだ楽曲も多く、永さん、中村さん、坂本さんのトリオは「六八九トリオ」とも呼ばれた。

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