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まるで漫画のストーリー…リオ五輪で金・銅を獲得した萩野・瀬戸のライバル関係が胸熱

リオオリンピックが開幕しました。競泳初日の400M個人メドレーに萩野公介選手、瀬戸大也選手が出場し、見事金・銅メダルを獲得しました。そして両選手が幼少時代から切磋琢磨してきたライバル関係が漫画みたいだと注目が集まっています。

更新日: 2016年09月29日

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orange1122さん

▼リオ五輪「競泳」で世界の頂点に挑む2人の選手がいる

2人は現在大学4年生の同い年ライバル
(右が萩野選手、左が瀬戸選手)

8月6日(現地時間)、競泳の初日に予選と決勝が実施される男子400m個人メドレーは、大きな注目を集めている。メダルを狙える2人の選手が出場するからだ。

日本勢のワンツーフィニッシュも現実のものとして見えてきた400m個人メドレー。

もし金メダルを獲得すれば、この種目での金メダルは日本史上初となる歴史的快挙となる。

初めて萩野選手と隣で泳いだ時に15M以上差をつけられ、勝負にならないレベル差だったが、逆に闘争心に火が点き「絶対に勝ってやる」という不屈の精神で今まで追い続けてきた。

生年月日 1994年5月24日(22歳)
生誕地 埼玉県入間郡毛呂山町
大学 早稲田大学
身長 174cm
体重 72kg
得意種目 個人メドレー、バタフライ

▼2人の出会いは2003年、小学校3年生の全国大会

当時、萩野選手が出した学童新記録がいまだに破られておらず、小学生時代から「金メダルに一番近い小学生」と言われていた。

「雲の上の存在だった。何ひとつ勝てなかった。スタートしてすぐに体半分くらい差をつけられて、泳ぐごとにどんどん離されていく感じだった」。瀬戸は当時をそう振り返る。

▼初対決から5年後の2008年、中学2年生で初めて瀬戸選手が萩野選手に勝利

その時の記録が当時の中学新記録だった。
そしてこの試合から1週間後の全国大会でも勝利。

これ以降、瀬戸と萩野は勝ったり、負けたりを繰り返しながら、いまでもライバル関係を続けている。

瀬戸君に負けて、ようやく自分よりも速い選手、ライバルに出会うことによって意識レベル、競争レベルが上がりました。

そしてこの頃から2人は「俺たちの時代はこれから、2人で世界を狙っていきたい」と世界を意識し始めます。

当時中学生から意識が高い!

▼初勝利から4年後の2012年、高校3年生で迎えたロンドンオリンピック選考会で明暗が分かれる

高校生で日本代表に入ることは2000年シドニー五輪の北島康介選手以来、12年ぶりの快挙だった。

一方瀬戸選手は3位となり涙をのんだ。悔しくて2~3か月は練習に身が入らなかったそう。オリンピックも萩野選手のレースだけ観戦した。

笑顔の萩野選手と落胆する瀬戸選手が対照的。

2012年、「一緒に行こう」と誓い合ったロンドン五輪の代表選考会で瀬戸は3位落選。

2人の目標は瀬戸選手の落選によって叶いませんでした。

ショックに打ちひしがれた瀬戸が再び意欲を取り戻すきっかけとなったのが、萩野の活躍だった。

同種目でのメダル獲得は日本人初の快挙で、高校生でのメダル獲得は56年ぶりでした。

これ以降萩野選手は日本水泳界を引っ張っていくエースへと成長していきます。

ライバルに刺激を受けた瀬戸は、これまで以上に練習に打ち込み、大きな成長を遂げていく。

▼翌年の2013年、今度は瀬戸選手が世界選手権400M個人メドレーで優勝

瀬戸選手は見事、去年の雪辱を果たした。

一方萩野選手はこのレースが17レース目というこもあり疲れが溜まっていたのかラスト25Mで急激に失速し5位に終わった。しかし400M自由形、200M個人メドレーで銀メダルを獲得するという活躍ぶりだった。

優勝した瀬戸の目標は、中学生時代からライバルである萩野と一緒に表彰台へ立つということだった。

ロンドン五輪に続き、またしても目標は叶わず…2年後に持ち越しとなりました。(世界選手権は2年に1度の開催の為)

▼そして2年後の2015年、世界選手権直前に思わぬ事態が起こった

合宿中、練習所場所まで自転車での移動中に転倒し右肘を骨折した。

萩野は「応援してくれている、たくさんの方に非常に申し訳ない。調子は上がってきただけに残念。自分の甘さと反省している」と話した。

「来年のリオ五輪で絶対に金メダルを獲ると心に決めてけがを治す」と1年後のリベンジを誓いました。

瀬戸と交わした「世界選手権で一緒に表彰台に乗ろう」という約束を果たせなかった。

萩野選手が欠場したことで、またしても2人の約束は果たされませんでした。

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