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【被害者は14歳】三重県鈴鹿市 女子中学生バラバラ殺人事件

夏休みも残り僅かな8月25日の朝7時30分頃、14歳の女子中学生が犬の散歩に出かけた。自宅近くの県道で犬を連れて散歩しているAさんの姿を同じ中学の生徒に目撃されたのを最後に行方不明になった。 2年後に無残な姿で発見される・・・樋田康則

更新日: 2016年11月13日

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hopkenさん

1992年 (平成4年) 8月25日朝

三重県鈴鹿市の中学3年生Aさん(当時14)が、犬の散歩に出かけたまま戻らず行方不明になった。

Aさんは宝塚歌劇団に入ることを目指し努力していて、家出するような理由は見当たらない。
家族は捜索願を出して懸命に捜索するも、Aさんの行方はようとして知れなかった。

夏休みも残り僅かな8月25日の朝7時30分頃、14歳の女子中学生が犬の散歩に出かけた。自宅近くの県道で犬を連れて散歩しているAさんの姿を同じ中学の生徒に目撃されたのを最後に行方不明になった。 2年後に無残な姿で発見される・・・
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1994年 (平成6年) 8月11日 遺体発見

「水門付近に不審な袋がある。中に人が入っているようだ」と上野署に通報があった。

出典中日新聞(1994年8月12日)

8月11日 午後6時頃、三重県阿山郡伊賀町柘植町の竹谷池で釣りに来た男性に発見された。
夏の異常渇水で池が干上がり、遺体の入ったビニール袋が露出し、釣り人が発見して通報。
遺体は家庭用のゴミ袋で包んだ上から金網で覆い、ロープでしばられコンクリートブロック2個が付いていた。

死体は腐乱が激しく、死後一年六カ月から五年を経過。両腕は上腕部、両足が太ももでノコギリらしいもので切断されており、見つかっていない。年齢は二十歳から四十歳くらいで、骨格から小柄とみられ、骨に目立った損傷はなかった。

出典中日新聞(1994年8月13日)

遺体発見から20日程経った8月31日、歯の治療跡から2年前から行方不明になっている三重県鈴鹿市の女子中学生Aさん(当時14)の可能性が高いと発表した。

「2年前から不明 歯の治療跡酷似」


中日新聞(1994年8月31日)

歯の治療跡や血液型などからA子さんの可能性が強いとみているが「断定には至っていない」としている。

出典中日新聞(1994年8月31日 夕刊)

被害者が、2年前から行方不明になっている三重県鈴鹿市の女子中学生Aさんの可能性と発表された4日後、容疑者が逮捕された。そして被害者は、Aさんと判明した・・・
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1994年 (平成6年) 9月2日 樋田康則 逮捕

三重県・伊賀町にバラバラ死体が捨てられていた事件は二日、死体遺棄の疑いで新潟県燕市の自動車修理業、樋田(といだ)康則容疑者(二九)が逮捕され急展開した。

出典中日新聞(1994年9月3日)

1992年の事件後、三重県鈴鹿市から新潟県燕市に妻子3人で引越。1993年に次男誕生、1994年春に新築一戸建(燕市小中川)を購入。事件前の1992年の鈴鹿8時間耐久ロードレースに鈴鹿市のガラス会社チームのチーフメカニックで参加、その様子をテレビ番組でも紹介されていた。新潟に引っ越した後の1993-94年の8耐にも燕市のプロライダーの専属メカニックとして出場していた。


中日新聞(1994年9月4日)

逮捕のきっかけは、樋田の知人が口にした「犬の死体と言われて袋を池に沈めるように頼まれた」

「犬に死体と言われて袋を池に沈めるように頼まれた」という知人の存在を捜査員が聞き込んだのがきっかけだった。この知人は樋田容疑者から「犬の死体をビニール袋に入れて竹谷池に沈めたが、浮いてきた。沈めてほしい」と頼まれたという。

出典中日新聞(1994年9月3日)

被害者の女子中学生は、宝塚歌劇団の予備校に通い、タカラジェンヌを夢見ていた。


中日新聞(1994年9月3日)

樋田は交通事故でAさんをはねたと話しているが、捜査本部は殺害したとみていた。
Aさんの遺体は、右下顎や肋骨などが折れていた。顎の骨は強い衝撃がないと折れにくく、交通事故による損傷状況と似ていた。しかし、Aさんが失踪した現場付近に疑問を感じた。
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「交通事故を隠すため、切断して捨てた」

失踪場所 事故の痕跡なし



中日新聞(1994年9月3日 夕刊)

現場周辺は店舗や住宅が密集している上、通勤時間帯に重なって人通りが多かったが、事故の目撃情報がなかった。失そう当時の捜査では、周辺で血痕も見つからなかった。

出典中日新聞(1994年9月3日 夕刊)

切断された手足は、まだ発見されていなかった。
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胴体と頭部が発見された「竹谷池」の近くには、
多数の池がある。

中日新聞(1994年9月4日)

未発見の手足は「竹谷池の近くの別の池に沈めた」

出典中日新聞(1994年9月4日)

「鴉山(からすやま)池」
池の中央部西側寄りで発見。
胴体部分と同じ、黒ビニール袋と金網、ロープでコンクリートブロック2個がくくり付けられていた。

中日新聞(1994年9月7日)

切断した手足と胴体部分を別々に包み、最初は両方とも鴉山池に沈めた。数日後、胴体部分が浮いてきたので、約二㌔南の竹谷池に捨て直したという。

出典中日新聞(1994年9月7日)

そういえば一昨日、京都からの帰りで関西本線に乗った時、柘植駅出てすぐのところに林の中のため池が見えて「いい佇まいだなあ」と思っていたんですが、家に帰ってから調べたら鈴鹿女子中学生バラバラ殺人事件の死体が捨てられた池の一つだった

胴体部分を「鴉山池」から「竹谷池」に移動する時、知人に「犬の死体を沈めるのを手伝ってほしい」と頼んだ。結果的にこれが逮捕に繋がった・・・

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