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村上春樹の小説に登場する「デレク・ハートフィールド」とは?

日本を代表する小説家、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」で度々、引用される作家「デレク・ハートフィールド」をご存知でしょうか?謎の多い人物、作家「デレク・ハートフィールド」について説明します。

更新日: 2016年08月07日

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michaektckさん

デレク・ハートフィールドとは?

デレク・ハートフィールド(Derek Heartfield 1909年-1938年)は、村上春樹の小説『風の歌を聴け』の中に登場する架空の人物。主人公の「僕」が最も影響を受けた作家として登場する。
代表作は冒険小説と怪奇モノを掛け合わせた『冒険児ウォルド』シリーズで、全42編。

出典https://ja.wikipedia.org/wiki/デレク・ハートフィールド

村上春樹の創作の人物!!

デレク・ハートフィールドは、村上春樹が作り出した架空の人物です。

同作で彼を知った読者が
彼の作品を探そうとしても、もちろん見つかることはありません。
日本全国の司書、書店に問い合わせが殺到したそうです。

プロフィールも詳細に記載されています。

1909年、オハイオ州の小さな町に生まれ、そこで育つ。

父親は無口な電信技士、母親は星占いとクッキーを焼くのがうまい小太りな女だった。

ハイスクール卒業後は郵便局に勤めるが長続きせず小説家を志す。

1930年、5作目の小説が初めて売れて稿料を手にする。

しかし、それから8年と2ヵ月後の1938年。彼の母が死んだ時、エンパイア・ステート・ビル?の屋上から飛び降りて蛙のようにペシャンコになって死んだ。

彼の小説は、「文章は読み辛く、ストーリーは出鱈目であり、テーマは稚拙だった」と評される。

言葉に「宇宙の複雑さに比べれば、この我々の世界などミミズの脳味噌のようなものだ」

年表

1909年 アメリカ合衆国オハイオ州の小さな町に生まれる。

19XX年 ハイスクールを卒業。郵便局に勤める。

1930年 5 作目の短編が「ウェアード・テールズ」に売れる。稿料は20ドル。

1931年 月間 7 万語ずつ原稿を書きまくる。

1932年 月間 10 万語ずつ原稿を書きまくる。

1937年 月間 15 万語ずつ原稿を書きまくる。

1938年 エンパイア・ステート・ビルから投身自殺。

作品

「気分が良くて何が悪い?」 What is so bad about feeling good? (1936年)
「虹のまわりを一周半」(1937年)
「冒険児ウォルド」
「火星の井戸」

詳細な設定

上記の設定を見ると、まるで実在の人物のようですが、全て村上春樹による創作です。

村上春樹が実際に影響を受けた作家は?

1896年9月24日 - 1940年12月21日)は、アメリカの小説家。一般にはF・スコット・フィッツジェラルドと称される。失われた世代を代表する作家の一人。

1888年7月23日 - 1959年3月26日)は、アメリカ合衆国シカゴ生まれの、小説家で脚本家。

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