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戦後の日本で起きた【大量殺人】事件まとめ

相模原市で起きた障害者施設襲撃事件が平成最大の犠牲者数とのことですが、他にはどんな事件があったのか気になったので調べてみました。あくまでこのような事件が繰り返されないようにとの希望を込めてです。

更新日: 2016年07月27日

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sekidoxさん

津山事件(死者30人)

場所 岡山県苫田郡西加茂村大字行重
日付 1938年(昭和13年)5月21日
標的 同村の村民
武器 日本刀、猟銃、斧
死亡者 30名(即死28名、発見時重傷であったが後に死亡2名)
負傷者 3名
犯人 都井睦雄

津山市など近隣地域では「加茂の三十人殺し」と呼ばれている(または死者の数に尾ひれがつき水増しされ「三十二人殺し」「三十三人殺し」また「三十六人殺し」とも呼ばれる事がある)

犯行が行われた2時間足らずの間に28名が即死し、5名が重軽傷を負った(そのうち12時間後までに2名が死亡)。なお、犯行後に犯人が自殺したため、被疑者死亡で不起訴となった。

横溝正史が同じく大量殺人を扱った八つ墓村のモチーフにした事件とも言われる。

相模原障害者施設殺傷事件(死者19人)

2016年7月26日午前2時50分、神奈川県相模原市緑区にある障害者施設の職員から「男が侵入した」と通報があった[2]。警察官が駆けつけたところ、少なくとも十数人の入所者が刺されていた[3]。同日8時30分時点の報道によると、相模原市消防局が19人の死亡を確認、他に26人が負傷(うち20人は重傷)しており[4]、死亡した19人全員が施設の入所者である。

大阪個室ビデオ店放火事件(死者16人)

場所 日本 大阪府大阪市浪速区
日付 2008年10月1日
標的 民間人
攻撃手段 放火
死亡者 16人
負傷者 9人

大阪個室ビデオ店放火事件(おおさかこしつビデオてんほうかじけん)とは、2008年10月1日に大阪府大阪市浪速区の個室ビデオ店で発生した放火事件。
当初はタバコによる失火とも見られていたが、同日午後になって火元の個室を使用していた東大阪市在住の当時46歳の男Oが現住建造物等放火などの容疑で逮捕された。Oは、電機メーカーの松下電器産業(現・パナソニック)に入社。その後、松下電器産業をリストラされた後、無職で定職もなく生活保護を受けていた。また、事件の後に消費者金融から多額の借金があることも判明した。
警察の取調べによれば、Oは数日前に知り合った人物に連れられて同日午前1時半頃に来店。「生きていくのが嫌になり、ライターで店内のティッシュペーパーに火を付け、持ってきたキャリーバッグの荷物(新聞紙や衣服が入っていた)などに燃え移らせた」と供述していることが明らかにされており、この火がソファーなどに燃え移って延焼したと見られている。

2010年11月30日、大阪高等裁判所で控訴審の初公判が行なわれ、弁護側が自白は「警察官から怒られて怖くなったため」などとして自白調書に任意性や信用性はないと述べるとともに「火元は被告が使っていたのとは別の部屋」として無罪を主張した。2011年7月26日、大阪高等裁判所は弁護側の控訴を棄却、一審同様死刑判決を下した。7月28日、弁護側は判決を不服として最高裁判所に上告した。

2014年3月6日、最高裁は被告の上告を棄却、Oの死刑が確定した。

2016年現在、Oは大阪拘置所に収監されている。

長崎屋尼崎店放火殺人事件(死者15人)

現場 兵庫県尼崎市神田中通4丁目102番地
発生日 1990年(平成2年)3月18日
12時30分頃
原因 何者かによる放火(不審火)
死者 15人
*従業員12人、客3人(いずれも子供)
負傷者 6人

1990年3月18日午後0時30分頃、神田中通4丁目(中央四番街)にある長崎屋尼崎店(Big-Off尼崎店)で、4階インテリア売場に展示されていたカーテンから火の手が上がっているのを同階寝具売り場にいた女性が発見した。他の店員らと共に消火器や屋内消火栓設備による初期消火を試みるがいずれも猛火と猛煙の前に断念する。

この頃5階事務室より119番通報がなされ、およそ10分前後で消防隊が現着するが、既に4階は全て炎に包まれていたという。 4階及び3階にいた客は従業員らの誘導で避難を完了したが、上階の5階には客や従業員22名が逃げ遅れたままとなった。店舗内は防火扉の閉鎖がなされず、火災による猛煙は上階へ拡散していった。

逃げ遅れた者のうち、1名は階段から避難し、事務室や従業員食堂の窓から4名が救出され、窓から飛び降りた2名はその後救出されたが重傷を負った。この火災は死者15名(従業員12名、客3名)、重軽傷者6名を出す惨事となった。死亡者の15名は従業員食堂やゲームコーナーで煙に巻かれたことにより命を落とした。

地下鉄サリン事件(死者13人)

場所 日本の旗 日本 東京都
帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)の一部路線
日付 1995年3月20日
午前8時頃 – 不明
標的 営団地下鉄丸ノ内線・日比谷線・千代田線の乗客および乗員・駅員など
攻撃手段 化学テロ・宗教テロ
兵器 サリン
死亡者 13人
負傷者 約6,300人
犯人 オウム真理教(首謀者:麻原彰晃)
林郁夫・新実智光・広瀬健一・北村浩一・横山真人・外崎清隆・豊田亨・高橋克也・林泰男・杉本繁郎

1995年(平成7年)3月20日午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄(東京メトロ)、以下営団地下鉄)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら13人が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。日本において、当時戦後最大級の無差別殺人行為であるとともに1994年(平成6年)に発生したテロ事件である松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与え、世界中の治安関係者を震撼させた。

帝銀事件(死者12人)

場所 東京都豊島区長崎
標的 帝国銀行
日付 1948年(昭和23年)1月26日
概要 毒物殺人事件
死亡者 12名
犯人 平沢貞通とされている

1948年(昭和23年)1月26日に東京都豊島区長崎の帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店(1950年に統合閉鎖され現存しない)で発生した毒物殺人事件。

太平洋戦争後の混乱期、GHQの占領下で起きた事件であり、未だに多くの謎が解明されていない。

茨城・徳宿村精米業一家殺害事件(死者9人)

場所 茨城県鹿島郡徳宿村(現・鉾田町)
日付 昭和29年10月11日午前3時頃

昭和29年10月11日午前3時頃、鹿島郡徳宿村の舟木121、農業兼精米業、大沼豊房さん(当時42歳)から出た火はたちまち同家83平方メートルを焼き尽くし、焼け跡から一家8人と女中さん1人の計9人の焼死体が見つかった。

 当初は、<①強盗殺人放火 ②殺人放火 ③一家無理心中 ④放火 ⑤失火> の、5つを想定。現場検証したところ、井戸の中からアルコール消毒用の薬ビン、注射器などが発見され、しかも薬ビンには青酸性劇毒物が入っている事が判明した。さらに解剖ではいずれも青酸反応があり、死後、火災により分かれたことが分かった。

附属池田小事件(死者8人)

場所 日本の旗 日本 大阪府池田市
大阪教育大学附属池田小学校
日付 2001年6月8日
標的 小学生
攻撃手段 包丁
死亡者 8人
負傷者 15人

2001年6月8日10時20分頃、大阪教育大学附属池田小学校に凶器を持った甲が侵入し、次々と同校の児童を襲撃した。結果、児童8名[注 2](1年生1名、2年生7名)が殺害され、児童13名・教諭2名が傷害を負った[14]。甲は、校長や別の教諭にその場で取り押さえられ、現行犯逮捕された。

三菱重工爆破事件(死者8人)

場所 東京都千代田区丸の内二丁目
日付 1974年8月30日
標的 民間人
武器 時限爆弾
死亡者 8人
負傷者 376人
容疑者 東アジア反日武装戦線「狼」

1974年8月30日に日本の東京都千代田区丸の内で発生した、東アジア反日武装戦線「狼」による無差別爆弾テロ事件で、連続企業爆破事件の一つである。東アジア反日武装戦線の呼称はダイヤモンド作戦。虹作戦で使用する予定であった爆弾を流用した。

昭島・昭和郷アパート放火事件(死者8人)

1957年に東京都昭島市で発生した火災保険金目的の放火事件である。
事件の現場となった通称「昭和郷アパート」は元々は外地からの引揚げ者のための寮であった。建設された当時は立川飛行場に隣接する立川陸軍航空廠の労働者の寮であったが、終戦後に東京都が引揚げ者のために寮としていた。なお「昭和郷」とは、当時の地名が北多摩郡昭和町(1954年に合併して消滅)にあったことに因んだものであった。また事件が発生した時点では入居者は上京してきた家族なども入居していた。

福岡・豊津村一家8人殺害事件(死者8人)

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