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競馬 ~行方不明になった重賞勝ち馬~

誰にでも思い出のレースがあるはず。そこでがんばった馬たちが人知れず姿を消しているのをご存知ですか?ここに挙げるのは、姿を消した馬たちのほんの一部でしかありません・・・

更新日: 2019年01月15日

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yotaxさん

オサイチジョージ

第31回宝塚記念に優勝した。主戦騎手は丸山勝秀。

産駒成績も初年度産駒からテツノジョージを出してファーストシーズンサイアーランキングで3位に付けたもののその後は振るわず、1999年9月に用途変更となり、以後行方不明となっている。

ダイタクヤマト

2000年のスプリンターズステークスを出走馬中最低人気で優勝し、同年のJRA賞最優秀短距離馬および最優秀父内国産馬を受賞した。

2010年の種付けシーズン終了をもって種牡馬を引退。千葉県の佐倉ライディングクラブで乗馬として余生を過ごしていたがその後除籍される。GI競走を制しているにもかかわらず功労馬繋養展示事業の対象馬となっておらず、同乗馬クラブ除籍後の消息は不明である。

ナリタキングオー

1995年に中央競馬のクラシック三冠におけるステップレースで重賞3勝をあげ期待されたが、アクシデントもあり、GI級のレース制覇には届かなかった。

共同通信杯ではのちのダービー馬・タヤスツヨシに、京都新聞杯ではのちにG14勝するマヤノトップガンに勝利しています。

種牡馬になることは出来ず、引退後は地方競馬教養センターで2002年頃まで騎乗実習馬として供用されていた。重賞レースを勝っているにもかかわらず功労馬繋養展示事業の対象馬になっておらず、その後の消息は分かっていない。

アドマイヤホープ

2003年の全日本2歳優駿優勝馬。2005年に障害競走に転向した。

2010年10月1日付で地方登録を抹消された。GI競走を制しているにもかかわらず功労馬繋養展示事業の対象馬になっておらず、その後の消息は分かっていない。

プライドキム

2004年の全日本2歳優駿の勝ち馬。そのほかクラスターカップ、兵庫ジュニアグランプリなどに勝利している。

GI競走を制しているが功労馬繋養展示事業の対象馬になっておらず、その後の消息は不明である。

アイルトンシンボリ

おもな勝鞍はステイヤーズステークス(1992年、1993年と2連覇)。

「アイルトン」はF1ドライバー、アイルトン・セナから取られている。

GI出走は7回を数え、ジリ脚ゆえ勝てないまでもそのうち5回の入着。また全25走中21走で掲示板を確保し安定した成績を残した。

94年宝塚記念2着、95年天皇賞・秋3着など。

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