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【読書感想文】 芥川龍之介 羅生門 【夏休みの宿題】

読書感想文といえば、夏休みの定番の宿題ですね。きっと簡単に済まそうとネットで検索して全文丸写しなんていう暴挙に出る学生もいることでしょう。ただ、そんなの宿題としての意味が全く無い。まずは一読して欲しいけど、内容と私の主観で感じたポイントを書いてみたいと思う。参考になったら幸いです。

更新日: 2018年10月16日

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この記事は私がまとめました

まずはザックリとした内容を手短に

背景は平安時代。天変地異が平安京で頻発して、食べ物に困って飢餓で死んでしまう人がたくさん出て、盗人が大量発生。
そんな混乱の最中に、一人の下人(身分が低いしもべ)が雇い主からクビを言い渡されて、雨の降る夕暮れに羅生門で途方に暮れていた。
羅生門は餓死者の死体が捨てられるような場所になっていて、盗人さえも近づかない心霊スポット的な雰囲気を醸し出している。

行く当ても無く宿も無い下人は、一晩を明かすために死体の転がっている羅生門へ踏み入れる。そこで、若い女の遺体から髪を引き抜いている老婆と出会うのである。最初はその異様な光景に恐怖を感じていた下人だったが、老婆が髪の毛を一本づつ抜くにしたがい下人の心からは恐怖が消えて、この老婆へ憎悪、あるいは「あらゆる悪に対する反感」がつのった。

恐怖より正義感が勝った下人は、老婆に襲いかかって組み伏せ、刀をつきつけて「何をしていたか」と問うと、老婆は「抜いた髪を鬘(かつら)にしようと思うた」と釈明する。また、続けざまに老婆は

『悪い事かも知れぬが、ここの死人どもは皆、そのくらいな事をされてもいい人間だ。わしが髪を抜いた女も、生前は蛇の干物を干魚だと偽って売り歩いていた。が、それはそうせねば飢え死にするからのことで、わしは悪いとは思わぬ。だから、わしのした事も大目に見てくれるであろう』

と言った。下人は老婆のその言葉で『盗人』になる決心をする。そして目の前の老婆の着物をはぎ取って『我も、こうしなければ餓死するのだ』と言い、下人の足にしがみつく老婆を蹴り倒して夜の闇へ消えていった。

下人の心の移り変わりが、かなり激しいので置いていかれるな!

この作品の主人公である『下人』は、現代の日本人の典型のような人だ。仕事が嫌になって辞めてしまった時、世間体やプライドが邪魔して『自分はできるはずなのに・・・』と次のステージに踏み出せないでいたり、自分を高く評価してくれる場所を探す。しかしながら周りを見渡したら、同じような状況の人が結構たくさんいたりすると、自分が悪いわけじゃない!と社会のせいにする。善悪の基準は、常に自分が選択するほうが正しいという危険な思想だ。

感想文のポイントを2つに絞ってみました

まずはこの『羅生門』という作品自体は、分量がある本ではないので一読をお薦めします。買って読むのはちょっと・・・という人は、羅生門は著作権が切れて無料で読めるようになっているのでネットで探して欲しい。青空文庫がキーワードだ。

1.善悪について考える
羅生門で印象的なのは『善悪』についての考え方。生きるための盗みは良いのか?悪いことをした人を卑しめる行為は許されるのか?など、下人が考えることになる善悪の判断は、恵まれた環境で生きる我々には想像し難い。自分の糧を得る為に他人から奪うことは、自然界では当たり前のように行われている弱肉強食のまさにそれなのだ。
人間は法律を作り、ルールを作り、他人を思いやって生きる方法を考えてきた。農耕を発展させて、他人から奪うことを極力無くして生み出す努力もしてきた。しかしながら新しい領土を求めて戦争をしたり、色々な権利を奪い合ったりする戦いは今も盛んに行われている。ではその戦いに善悪はあるのか。勝ったほうが善で、負けたほうが悪。結局は弱肉強食の『強いものが正義』というのはいつも根底に存在している。ただ、やはりそれを全面的に肯定したら人間は滅亡へ一直線だと思う。『人間は考える葦である』とフランスの哲学者が言っています。その場の奪い合いを繰り返していては、いつか自分も負ける時が来る。生きるためには、皆が考える勇気を捨てずに生きなければいけないのです。

2.時代背景から下人の心情を思い描く
平安時代と言えば、貴族が着飾っている華やかなイメージがある。794年に桓武天皇が平安京(京都)に都を移して、鎌倉幕府が成立するまでの約390年間を差す。その時代は摂関政治の典型であり、藤原鎌足を祖とした藤原家が摂政・関白として政治をしていた。表面上は律令政治として『王だけが君臨し、王の前では誰もが平等である』という思想の元に社会が形成されていたようだ。
当時の税金は『人』に掛けられていたが、段々と『土地』を対象に課税する支配体制へと大きく方針転換した。すると土地を管轄する人が勢力を持ち、中央集権的な色が濃くなっていく。支配構造が確立してくると、武力を持って自らを守る人も出てくるだろう。この頃から武士の前身である階級が力を付けていく。

中央が潤っていくと、下層で暮らす人たちは貧困に苦しむのが世の常である。当時の食べ物は米稗粟などの穀物に野菜くらいだったのだろうか。鶏や猪を狩って食べたりもしただろうか。とにかく今のような飽食の時代とは違って、多くの人たちは年中お腹を空かしていたに違いないのだ。

下人とは、貴族に使役された私的隷属民の呼称。きっと勢力争いに敗北した貴族が野に下り、主人公も無職となってしまったのだろう。下人といえど、それなりの身分の人に仕えていたとすれば、寝食は確保されていたかもしれない。山野に入って一人で生き抜く力は無かったのか。
行く当てもなく彷徨って、生きることを諦めてしまう人がたくさんいたのかな。

我々が学校で学習する内容は、枕草子や源氏物語、また先ほども出てきた摂関政治や平安京や天皇家の話といった『潤った部分』ばかりだ。下人が生きた一般庶民の暮らし振りはどうだったのだろうか。きっとその一端が芥川龍之介が書いた羅生門の世界だったのだと思う。日本の隠れた歴史そのものかもしれない。

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