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感動!萩野公介と瀬戸大也の良きライバル関係!

萩野公介選手と瀬戸大也選手、昔からライバル関係だったそうです!その良い関係もあって、今回の表彰台があったのだとお話しを聞きました。非常に心温まるエピソードたっぷりです!とにかく、金メダル、銅メダルおめでとうございます!

更新日: 2016年08月08日

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メダル獲得から勝利インタビュー動画

2016年8月6日、競泳男子400メートル個人メドレー決勝が行われ、萩野公介選手は4分6秒05の日本新記録で、リオ五輪日本代表初となる金メダルを獲得した。世界選手権2連覇中の瀬戸大也選手は4分9秒71で銅メダル。男子競泳では、日本人2人が同時に表彰台に上がるのは1956年のメルボルン五輪以来60年ぶり。

同時表彰台の結果には、お互いを尊敬しあうライバル関係があった!

萩野 公介(はぎの こうすけ、1994年8月15日 - )は、栃木県小山市出身の日本の競泳選手。リオデジャネイロオリンピック400m個人メドレーの金メダリスト。ロンドンオリンピック400m個人メドレーの銅メダリスト。

瀬戸 大也(せと だいや、1994年5月24日 - )は、日本の競泳選手である。埼玉県毛呂山町出身。早稲田大学スポーツ科学部在学中。早大水泳部。JSS毛呂山に所属している。

瀬戸と萩野、最初の試合は小学校時代?

5歳から水泳を始め、小学3年の夏に初めて全国大会に出場。当時から萩野はエースだった。男子200メートル個人メドレーで15メートル以上の差をつけられ、瀬戸は「すごい選手がいる」と驚いた。以来、母親の一美さん(48)はビデオで必ず2人が入るようにレースを撮影した。

最初に瀬戸大也選手と萩野公介選手が戦ったのは小学3年生の時だったのですね。
11年ぐらい前ということでしょうか。

中学2年生の時に瀬戸大也選手が勝ち!そこからライバル関係となった!

同じ年に生まれたライバル、瀬戸大也の存在も忘れてはいけない。中学2年のときに瀬戸が萩野に初勝利して以来、2人は互いに好不調を繰り返しながら競い合ってきた。

2011年は萩野が不調の年だった。4月の日本選手権を発熱で棄権すると、瀬戸が2位に。8月の世界ジュニア選手権も振るわなかったが、瀬戸は国内で高校総体400メートル個人メドレーを2連覇した。

切磋琢磨してきた良いライバル関係には、瀬戸大也の急成長があった!

14年12月の世界短水路、15年5月のジャパンオープン、同年6月の欧州GPと、立て続けに瀬戸に敗れた。負の連鎖が続くように、同月28日、合宿中のフランスで、練習場に行く途中に自転車で転倒し、右肘を骨折した。世界選手権欠場。平井伯昌コーチからは「骨折で出られないのは格好悪い。でも(瀬戸に)気持ちで負ける方が、もっと格好悪いし、いけないことだ」と諭された。「ノーガッツ、ノーグローリー」のラインも送られてきた。

親友であり、良きライバル!非常に良い関係が構築されている!

インタビューを受けている最中に、初の五輪で銅メダルを獲得した瀬戸大也(22=JSS毛呂山)も姿を見せ、お互いに笑顔を浮かべながらの共同インタビューとなった。最後に瀬戸が「おめでとう」と、萩野に祝福の言葉をかけ、まだまだ東京五輪まで続くであろう2人の激しいライバル争いは、同時表彰台という最高の結果をもたらした。

萩野公介コメント

(瀬戸と立った表彰台は)本当に大也がいなかったら僕はここにいないですし、これからももっと(競争が)続いていくと思う。(プールの中で交わした言葉は)特にないですね。

瀬戸大也コメント

(東京五輪に向けて)今回、公介がいたからこそ自分も銅メダルが取れたと思いますし、これから4年間、とにかく自分が全力でやっていけばそれがストーリーになっていくと思います。とにかく、まず公介と2人で日本の競泳界を引っ張っていけるように(したい)。この五輪の悔しさ、借りは五輪でしか返せないと思う。4年間、世界選手権とかいろいろあるので、また良いレースができるように自分はトレーニングを頑張らないとな、と思いました。

とにかく、こんな良きライバルの存在がいて、本当に良いですね!羨ましいです!
また、お互いを尊敬しあっているからこそ、お互いの健闘をたたえあえているのでしょう。
本当に感動しました!ありがとうございます!

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