1. まとめトップ

シカゴ暗黒界の帝王アル・カポネの生涯。刑務所で梅毒により死亡

シカゴで『暗黒界の帝王』と呼ばれたアル・カポネの生涯をまとめました。シカゴの暗黒界の帝王は、刑務所に入れられて、持病だった梅毒によって死亡しました。

更新日: 2018年03月10日

0 お気に入り 46840 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

misukiruさん

◆イタリア系アメリカ人の4男として

1899年、ニューヨークのブルックリン区にイタリアのナポリから来たイタリア系アメリカ人の家の四男として生まれる。

イェールに認められて本格的に暗黒街に入る。シチリア出身ではなかったためマフィア本流には加われなかった。

◆ラッキー・ルチアーノとの交友

シカゴへ行くとき友人のラッキー・ルチアーノから2万ドルの餞別をもらったという。ルチアーノは後年「カポネのやつ感極まって、今にも泣きそうな顔だったよ」と語っている。

マフィアの古いしきたりをやめてビジネスとして組織し、人種にこだわらずにアメリカ的な合理性を追求して勢力を拡大した。

◆禁酒法から頭角を現す

彼らギャングは、稼いだ金で警察や裁判所、政治家などを買収し、自分たちの仕事をよりやりやすくした。

禁酒法時代に、シカゴで高級ホテルを住まい兼事務所にしてそこから組織を指揮し、密造酒製造・販売、売春業、賭博業をして組織を拡大

◆殺し屋のボスとなったアル・カポネ

カポネの配下には、命令一つで機関銃を手にどこへでも乗り込む殺し屋が700人おり、また、賭博場300軒、淫売宿(現在のソープランド)3000軒、もぐりの酒場2万軒の大半を支配

◆シカゴの裏市長としてのアル・カポネ

アルは彼の縄張りを譲られると26歳で組織のトップとなり、酒の密売を黙認させるためシカゴの役人たちを次々に買収。市長までもにこやかに買収され、相変わらず密売酒の売れ行きも良くアルはシカゴの事実上市長となる。

◆アル・カポネの暮らし

アル・カポネがフロリダに所有していた邸宅です。今でも使われているそうで、売りに出された価格は850万ドル(約8億7000万円)です。

プールもあり、池には高級魚が大量に泳いでいた。家の裏は海になっており、ここな桟橋(さんばし)が作られていて、カポネ所有のモーターボートとクルーザーが停泊していた。

パームアイランドにある自宅は、1922年に建てられ、4万ドルで買って、更に10万ドルかけて改装した。家の周りは高いコンクリートの壁で囲まれ、庭には三ヵ所に門番を配置する小屋が作られ、ここに銃を持ったガードマンを配備

また、カポネは巨万の金を稼いだが、貯蓄はほとんどなく、入ってくる分をどんどん使った。自宅にも莫大な金をかけ、友人や家族には贈り物をし、派手なパーティを開いてはお客を歓迎した。またギャンブルが大好きで、競馬だけでも毎年100万ドルはスッた。

◆様々な顔を持つアル・カポネ

このような状況を見て、市民はアル・カポネに次第に疑心を抱くようになっていたとされています。

「聖ヴァレンタイン・デーの虐殺」の凄惨な現場写真がアメリカ全土に報じられると「カポネ討伐」の気運が連邦政府の中で高まり始めた。

感謝祭に5000羽の七面鳥を配ったこともあり、1930年の年末にはシカゴのサウス・ステート・ストリートで、貧しい人たちに対して一日に三回、無料で食事を提供した。

市民の心をもう一度自分に戻すため、市の貧しい人々に無償で給食を配った。しかしこれは組織が町のパン屋や八百屋、肉屋に銃をちらつかせて脅して得たもので、アルの財布は閉じたままだった。

◆そして、逮捕・投獄される

1 2