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天才!松任谷由実(呉田軽穂)提供曲まとめ 70年代~現在

2015年は松田聖子に、2016年は鈴木雅之に楽曲提供して話題を作ったユーミン。松任谷由実(呉田軽穂)が楽曲を提供したまとめです。(作詞のみの提供は載せていません)

更新日: 2017年02月21日

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ryojeeさん

14歳の時、プロとしての初めての仕事でスタジオでのピアノ演奏をした。以後、スタジオで演奏をしながらオリジナルの曲を書き、15歳で作詞家としてデビューし、1971年に17歳で作曲家としてデビューした、その作品は彼女を本格的なデビューへと誘った加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ提供した「愛は突然に…」。
染色の専攻を志し、1972年4月に多摩美術大学に入学。初めは作曲家志望だったが、アルファレコードを設立した村井邦彦の勧めで、同年7月5日にかまやつひろしがプロデュースしたシングル「返事はいらない」で荒井由実としてデビュー。しかし同シングルは300枚しか売れなかったそう。

70年代提供

これユーミンの曲じゃないの?って思う方もいると思うが実は三人娘の一人としても知られている雪村いづみのためにユーミンがデビューする前に書き下ろされた曲。しかし諸般の事情で発売されず、ユーミン自身の歌唱によって世に出たといういわくつきの名曲。自殺した友人をテーマにしたと言われています。90年にやっと当時の音源が発売されました。

75年リリース。出す曲が売れず、行き詰っていた頃にまだ無名だった荒井由実の曲を聞き、感銘を受けたばんばひろふみが最後の曲としてユーミンに書いてもらいたいと依頼する。これがいわずと知れた代表曲となるほどの思わぬ大ヒットとなったため、バンバンとしての活動を続行することになった。。カップリングは「冷たい雨」、次の「霧雨の朝突然に」もユーミン提供作品。

75年に提供。松本隆と荒井由実のゴールデンコンビの作品。個人的に大好きな曲です。
その他には「ひぐらし」(松本隆作詞)「青い傘」(荒井由実作詞)など
ユーミンのこの年「あの日にかえりたい」のヒットでブレイクします。

1976年にシングルが発売されたデビュー曲。のち、1981年に石川ひとみのカバーシングルが発売され大ヒット曲となった。さらに、荒井由実本人によるカバーシングルが1996年に発売されており、他にも多くの歌手によって唄われている。カップリングの「少しだけ片想い」は提供ではなくユーミンのカヴァーです。

76年に提供。ハイ・ファイ・セット へはユーミンの代表曲になった「卒業写真」や「フェアウェル・パーティー」
他にも「冷たい雨」などユーミンの提供曲をカバーしてヒットさせています。

1976年に提供。10日の間にライオンとヒョウに立て続けに2度襲われるといった過去があるトモ子さん。名曲です。

同年にアルバム「14番目の月」でユーミンもカヴァー。
かつては和歌山と徳島を結ぶ南海フェリーの船内放送でも使われていたらしい。
原曲は間奏でセリフが入ります。
カップリングの「ハートを食べて」もユーミンです。

76年に提供。ご存じ井上陽水の妻。ユーミンとはデビュー当時からの旧友でもある。ユーミンもセルフカヴァーしている「川景色」(82')や「手のひらの東京タワー」(81')そして「霧の桟橋」(76')
「ひとり芝居」(76')など。そして2000年にも「はなびら」を提供しています。聖子同様時代を越えての提供ってすごいですね!

77年に提供。ユーミンは81年に「水の中のASIAへ」でセルフカバー。
カップリングの「ためらい」は80年にシングル「白日夢・DAY DREAM」のカップリングで
セルフカヴァーしています。

結婚以降荒井由実から松任谷由実に名前が変わりました。
荒井由実の1stアルバム「ひこうき雲」のレコーディングにキーボードとして参加していた正隆。「ひこうき雲」のコード進行に衝撃を受けて結婚を決意したというのは有名な話。
どちらも天才ですね!

ユーミン提供売上TOP10

1.『いちご白書』をもう一度/バンバン 75.1万枚
2.Rock'n Rouge/松田聖子 67.4万枚
3.瞳はダイアモンド/松田聖子 56.8万枚
4.雨音はショパンの調べ/小林麻美 52.0万枚*
5.渚のバルコニー/松田聖子 51.4万枚
6.赤いスイートピー/松田聖子 50.0万枚
7.時間の国のアリス/松田聖子 47.7万枚
8.小麦色のマーメイド/松田聖子 46.7万枚
9.まちぶせ/石川ひとみ 39.7万枚**
10.秘密の花園/松田聖子 39.6万枚
*詩のみ **カヴァー

1977年のアン・ルイスへの提供曲。「OLIVE」でユーミンもセルフカヴァーしています。

78年、川崎 龍介のデビュー曲。「サーフ天国、スキー天国」の原曲。こちらはザ・夏!といった感じで大きくイメージが違いますよね^^ カップリングの「愛は星座をめぐるように」は作詞のみ提供。

シモンズは田中ユミ、玉井タエの女性デュオ。
人気絶頂の1974年、玉井タエの後藤次利との結婚を期に休止したが、
1978年に、ドラマ主題歌の為にユーミン提供のこの曲をリリースする。編曲は後藤次利。
しかし離婚によって解散しました。その後後藤さんは木之内みどりと再婚離婚、おニャン子クラブの河合その子さんと再々婚しました。ユーミンもセルフカヴァーしていますが、メロディが少し違います。

「静かなまぼろし」は、1978年フジテレビ系『ミュージックフェア』で共演した沢田研二への提供曲(なお沢田研二本人が作品としてリリースしたのは11年後の1989年であった。アルバム『彼は眠れない』収録)「ひこうき雲」同様音源のリリースはユーミンセルフカヴァーの方が先行という形になっています。
歌詞も男性用の歌詞になっています。

のちに紹介する麗美の実の姉の堀川まゆみ。78年に提供。この曲の他に「もうすぐSteady」(79')も提供している。
MAYUMI名義で本人も作曲家として数々のアーティストに楽曲を提供していて、稲垣潤一、今井美樹、渡辺満里奈、斉藤由貴などアイドルが多数。そして妹の麗美にも提供している。

ペンネーム呉田軽穂は大好きなハリウッド女優、グレタ・ガルボにあやかったものです。
おそらく79年あたりからこのペンネームを使用するようになりました。聖子への提供もこのペンネームでならとOKを出したそう。

1979年6月、約4年間の音楽活動休止を経て、活動再開したブレッド&バター。
その活動再開にあたり、バックアップをしたのが、松任谷正隆・由実夫妻でした。


ユーミン自身も2003年に発表したセルフカヴァーアルバム「Yuming Compositions: FACES」で、自身のバージョンを聴かせてくれています。

作詞のみ提供した「HOTEL PACIFIC」も名曲ですね!

吉本に移籍して話題になっている手塚理美さんのセカンド・シングルに提供。カップリングの「Killer Angel」(79’)もユーミン。
ちなみにおニャン子クラブの新田恵利も「E-AREA」(1986年)でカヴァーしている。

80年代提供

ヒット曲「夏のお嬢さん」を意識してのタイトル。最高位28位でした。
94年にも「歩いて帰ろう」(久本雅美とのデュエット)を提供しています。

ごめんなさい。聖子さん全てメジャーすぎるから敢えてこの曲にしました^^
ひねくれ者でごめんなさい!こちらは「Rock'n Rouge」(84’)のカップリングでした。
一部歌詞が違うのはわざと?! でもかわいい!
「赤いスイートピー」(82')ではじめて提供。「渚のバルコニー」(82')「制服」「小麦色のマーメイド」(82')「瞳はダイアモンド」(83')
「秘密の花園」(83')「蒼いフォトグラフ」(83')「時間の国のアリス」(84')などそして後半では「永遠のもっと果てまで」(2015)も紹介しています。

2001年に正隆さんピアノで 赤いスイートピー~瞳はダイアモンド~小麦色のマーメイドのユーミン提供メドレーを披露して話題になりました。

サントリーのジンフィズ『夏物語』のコマーシャルに用いられたCM曲。
同じ年にアルバム「PEARL PIERCE」でセルフカヴァーをしています。
そのタイトルは「夕涼み」原曲は海外の歌手なので当然全て英語ですがユーミンverは日本語になっています。

この曲と「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ」はユーミンが同年にアルバム「VOYAGER」でセルフカヴァーしている。
カップリングではユーミンの曲をカバーしています。「ずっとそばに」と「守ってあげたい」をカバー。
83年リリース。

84年リリースの稲垣潤一の7枚目のシングル。アルバム「Yuming Compositions : FACES」(2003年)にてユーミンがセルフカバーしている。ユーミンもコーラスで参加している。

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