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どうして誰も慰安婦を助けなかったのか?

20万人が強制連行されたとされる慰安婦問題。にもかかわらず、慰安婦の親兄弟、親戚、友人、恋人など、当時の朝鮮半島の男たちはいったい何をやっていたのか。

更新日: 2016年09月13日

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当時の朝鮮の男たちはいったい何をしていたのか?

韓国人はそのように主張しています。

ところが、ここである疑問が浮かんできます。

自分の娘や、姉、妹、恋人や想い人が連れ去られていったというのに、当時の朝鮮の男たちはいったい何をやっていたのか?

日本で若い女性が誘拐された、あるいは行方不明になったら町中大騒ぎになり、「軍人が連れて行ったらしい…」などということになれば、親兄弟、親戚、恋人、友人が役所に押しかけて怒号が飛び交い大騒動になるでしょう。

20万もの女性が強制的に連れ去られたりしようものなら、役所や警察署や駐屯地に住民が押しかけ、全国規模の大暴動が起きてもおかしくありません。

ところが、暴動一つなし

1919年3月1日の「三・一運動」、1926年6月10日の「六・四万歳運動」、1929年10月30日の「光州民族運動」など、日本統治時代に何度か大騒動が起きています。

ところが、「軍隊が若い女性を無理やり連れて行った」という、このうえなく怒りを増幅させる事態に直面したにも関わらず、抗議の集会や、役所や警察署の焼き討ち、暴動一つなかった。

同胞女性の危機という最も肝心な時に暴動一つない。

これはいったいどういうことか?

1942年、朝鮮半島の人口は約2553万人で、そのうち日本人は約90万人で3.5%に過ぎませんでした。

知事ポストの約4割を朝鮮人が占め、副知事は全員が朝鮮人。郡長、村長に至っては、ほぼ朝鮮人が占め、朝鮮総督府の高級官吏にも朝鮮出身者がいました。

朝鮮半島の警察官の多くは現地の朝鮮人でした。

警察業務を遂行するためには朝鮮語が必要で、とりわけ住民と直接接する部署は現地の朝鮮人に任せたほうが効率が良いからです。

また、当時の日本軍には24万2341人の朝鮮人が所属していました。朴槿恵 韓国大統領の父親である朴正煕 元韓国大統領が特に有名です。

1938年より始まった朝鮮人志願兵制度は、年々希望者が増加していき、1943年には入所者6,300人に対し、303,294名の朝鮮人の若者からの応募がありました。

同胞女性の危機にも関わらず・・・

人口2500万とすると、女性は半分の1250万。

当時の農村は子どもが7,8人いる大家族が多かったので、20万もの女性が連行されたのならば親族の中に一人くらいは行方不明者がいることになる。

にもかかわらず、親、兄弟、親戚、知人、友人、恋人はもちろん、警官、軍人、役人、政治家など誰も20万人ともいわれる慰安婦を助けようとしなかったということになる。

同胞女性への許しがたい裏切り行為ではなかろうか?

ある日突然軍人に連れ去られたのならば、その嘆き悲しみを綴った、親兄弟達が残した当時の日記や手紙の類が残っていてもよさそうなものです。

あるいは、
連行される恋人を守るために戦った「英雄」

慰安所を襲撃して女性たちを救い出した「武勇伝」

義憤にかられた警察・日本軍内の朝鮮人の「反乱」

などもあってよさそうなものですが、
そんな話は一切ありません。

何より、ベトナム戦争において韓国兵が現地女性を強姦して混血児(ライダイハン)が生まれ大問題となったように、数万人規模の混血児問題が発生するはずですが日韓の間にそのような混血児問題はありません。

ハラボジ(祖父)とアボジ(父)は指を咥えて黙ってみていた

日帝の過酷な植民地支配により若き少女たちが慰安婦性奴隷にされ苦しんでいた。

そのような同胞女性の一大事に、慰安婦の両親や兄弟姉妹、友人知人や恋人、日本軍や警察に所属していた朝鮮人たち、あるいは「抗日闘争の義士」や「独立運動家」とやらはいったいどこで油を売っていたのでしょうか?

現代韓国人が「20万人の女性が慰安婦として強制連行された」と言えば言うほど、「私の父や祖父達は、抵抗一つせず、指を咥えて黙って見ていただけの情けない男でした」となるのです。

自分の祖先の名誉を侮辱していることに気付いているのでしょうか?

どうして男たちは抵抗一つしなかったのか?

慰安婦の両親や兄弟達は、前借り金欲しさに自分の娘や姉妹を人買い(慰安所への仲介業者)に売り飛ばしたためです。

自分の娘や姉妹を売り飛ばして利益を得たので、元慰安婦達の両親兄弟親戚一同、誰一人抵抗しなかった。抵抗する必要がなかったのです。

「私を売春宿に売り飛ばしたのは、両親だった」
両親の裏切りという現実はあまりに辛い。
「両親は悪くない。日本軍に強制的に連れ去られたのだ」と信じるほか精神を保つ術はないでしょう。

謝罪の要求先は、慰安婦と同年代のお爺さんへ

自民族の女達が他民族の性奴隷とされた、などというのは民族の恥以外の何物でもなく、好き好んで宣伝する類のものではない。

ところが、韓国では慰安婦は「絶対的被害者」とされ、ジャンヌ・ダルクのごとき民族的英雄に祭り上げられ、その取り扱いひとつで職や地位を失う。

まるで、慰安婦が憲法と国家の上に立つ存在で、その言動が国政にさえ影響を与えるが、それとは対照的に慰安婦と同世代のお爺さんたちの声は全く聞こえてこない。

日韓両政府の合意により、いわゆる慰安婦問題は不可逆的解決し、韓国の国内問題となった。

像の維持費が捻出できず朽ちていくまま放置する未来が見える像の乱造よりも先に、慰安婦と同年代の男たちの「慰安婦への裏切り行為」を裁かなければならない。

憎み、そして恥ずべきは自分の娘や姉妹や恋人が連行されても抵抗すらしなかった自分達の祖先です。そしてなにより、その情けない祖先の血を引く自分自身に怒りの矛先を向けるべき時がきたのです。

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