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30才なんてまだ若造。実は遅咲きだった成功者たち

人生まだまだ捨てたもんじゃないかもしれない。40歳から夢を掴んだ、遅咲きすぎる成功者たち

更新日: 2016年10月02日

アクチ眼さん

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ジブリ設立は44歳の時

一時期、企画書を書いても書いても採用されない辛い三年間があったという

映画監督デビュー作『カリオストロ』。

今でこそ人気ですが当時は、、

カリオストロはSFアニメ全盛の時代ということもあって大衆受けはせず、興行的には前作に及ばず、むしろ興行的不振に

当時の宮さん(37)

アニメージュの鈴木俊夫さんと出会い、「ナウシカ」の連載を始めて、ようやく「ナウシカ」アニメ化の後、大ヒット

その後、若い頃に温めていたトトロやラピュタの企画を、人生経験を積んだ後に改めて作品化したことで2倍も3倍も豊かな作品に

当時企画を採用しなかった人たち涙目ですね…

やなせたかしはもっと遅い…

絵本『あんぱんまん』を出版したのが54歳の時。
テレビで放送され、ヒットしたのは69歳の時。

三越のデザイン部にいたこともあり、多彩な分野で活躍していたが、世に出たのが「アンパンマン」であり、その時50才台後半だった

同世代の手塚治虫らが活躍する一方、求められるままラジオの脚本や商業デザイナーなどの仕事を引き受けるうち、ついたあだ名が「困った時のやなせさん」

寂しいって感じがしましたね
漫画家っていうのはね
何かしら自分の代表作がないと
認められないんですよ。

いろんな漫画をかいている
というだけじゃ駄目なんです

とやなせさんは過去を振り返る

ヒット作がない苦しみを70歳近くまでずっと持ち続けていたと思うと、感慨深い…!

主人公の不格好な姿には、当時流行し始めていた、正義のヒーローへの疑問と反発が込められていたとする専門家もいる

人生の折り返し地点から猛ダッシュ

貧困の両親を支え、大家族を支えた松本清張の40歳までの人生は、苦悩の連続。学歴としては、小学校卒業で終わっている

「いつかは小説家になろう」と思って本をよく読んだ。それが心のより処だった。酒も控え、趣味も持たず、ひたすら努力を重ねる人生

朝日新聞で真面目な毎日を過ごしてきた清張は41歳にて、初めて直木賞候補・芥川賞に選ばれ、一躍社会の脚光を浴びることに

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