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知らないと損!スバル・いすゞ・ホンダの珍車、変態車

抹殺された変態自動車図鑑。第三弾はスバル・いすゞ・ホンダの三本立てで逝ってみよ~

更新日: 2018年04月19日

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抹殺された変態自動車図鑑。第三弾はスバル・いすゞ・ホンダの三本立てで逝ってみよ~

これを見てスバル360だと思ったアナタ、無理もありません!
スバル360のボディに423ccにボアアップされたエンジンを搭載し、5ナンバーの小型車枠となった「スバル450」が発売された。
スバル360では飽き足らないユーザーを狙ったものだったが、僅か90ccの差で軽自動車ではなくなってしまった為、維持費が安い軽自動車の恩恵もなくなってしまう、悲しいモデル。

1961年登場。ドライブトレーンやサスペンションは既存のスバル360を流用し、リアエンジン方式、横置きトーションバースプリングとトレーリングアームを組み合わせた四輪独立懸架であった。「農道のポルシェ」の歴史はこのクルマから始まった!!

サンバーのタフさは、他社を差し置いてダントツトップのレベルといっても過言ではない。同時にそのクオリティは赤帽で育てられたといっても良いでしょう。
エンジンも赤帽専用品を搭載。当時一般モデルでは無かったハイルーフトラックやABSも赤帽専用車には全車標準装備、他にも複合曲面ミラー、収納式ハンドブレーキレバー等々、赤帽専用装備がてんこもり。
サンバーが働く軽貨物の『道具』としてのお手本といわれる所以です。

1984年デビューのリッターカー。
オートマは世界初のベルト式変速機「ECVT」を搭載。いわゆる現在のCVTのハシリ。
今でこそCVTの車種はそこそこあり、燃費に有利だったりもてはやされてはいますが、当時の「ECVT」は、電子パウダークラッチの癖というか、クリープがないとか結構使えない代物でした。おまけに他社のオートマよりも高い。
はっきり言って不人気レア車。
4気筒が売りの軽、レックスがベースなのになぜか3気筒エンジン。ドアはレックスとまるっきり共通部品。

3代目レオーネにあった、最終期のお買い得モデルがこのマイアⅡだ。
すでにレガシィが発売されており、継続生産、在庫処分がされていた時代である。
パートタイム4WD・5MTが111万8千円。
FF・3ATが117万1千円とお買い得プライス。
なお、このモデルをもってレオーネの歴史は幕を閉じる。

1985年登場。リトラクタブルヘッドライトを採用した特徴的なウェッジシェイプ(くさび形)のスタイリングで、日本車で初めてCD(空気抵抗係数)値=0.29を達成したのは有名な話。
キャッチコピーは『4WDアヴァンギャルド』、『オトナアヴァンギャルド』だったが、今となっては意味不明。まあ、ネクラで、しらけてて、わきが臭かった1980年代のキャッチコピーはどこのメーカーもこんな感じでした。
室内に目を移せば、ガングリップ・タイプのシフトレバー、左右非対称のL字型スポークステアリングなどが特徴的だった。

1991年デビュー。主に北米向けをターゲットとしており、発表は日本に先行してデトロイトショーで行われた。
国際性のあるグランツーリスモと位置づけ、開発のポイントとして、先代の高い空力性能(Cd値0.29)は引継ぎつつ、長距離を快適に走る事を目指した。
窓が小さくて料金所で右往左往しそうなクルマ。

2001年登場。
GM傘下のオペルが開発し、GMのタイ工場で生産され、スバルが日本国内で販売していた7人乗りのミニバン。
簡単に云うと、オペル・ザフィーラのOEMモデル。
エンジンは直4の2.2L。ミッションは4AT。
知名度の低さと、スライドドアでないことが影響してか、不人気。中古車価格も30万円台から降下中。

いすゞの超変態大型セダンの正体はオーストラリア、ホールデン(GM傘下)のステーツマン デ・ビルを輸入して販売したもの。
販売台数246台という数字はもはや並行輸入代行業者レベル。
いすゞラインナップの最終完結車種にもならなかった悲しい一台。

1962年登場。いすゞの上級サルーンカー。ハイウェイスコープと呼ばれるラウンドしたフロントガラスが特徴。
雨漏りやAピラーの亀裂といった初期トラブルが多発したことと、後発メーカーゆえの販売力の弱さもあいまって、自家用車としては先発のクラウン、セドリック、グロリアのような人気は得られなかった。よって不人気レア車街道まっしぐら。
中古車市場にはまず出物はなく、あっても1000万円オーバーらしい。

1967年から1982年まで15年間生産していたご長寿モデル。
まずもってこの「無国籍な感じ」がたまらなく萌えるではないですか!?
フローリアンの最終モデルは、間違いなくいすゞの、「キング・オブ・変態カー」といっても過言ではありません。
これのディーゼルモデルが、教習車として大量導入されていたのが印象に残っています。
というか、教習車以外で使われているのを見たことがありません。
変態レベル★★★★★

出典gazoo.com

1967年登場。ジープスタイルのユニークな外観ながら、4駆ではなくFR。
レジャーユースや、若者向けの都会的でファッショナブルなマルチパーパスカーを目指したが、売れず。
価格だけは49.5万円と魅力的。

出典b-cles.jp

1982年に生産終了となった「フローリアン」の後継モデルとして1983年に登場。
当時のいすゞはGM傘下に入っていた為、GMのグローバルカー構想の元で設計されたモデル。
駆動方式は時流に乗りFF方式。エンジンは、ガソリンが1.8L直4キャブレター仕様(最高出力105ps)、2L直4キャブレター仕様(最高出力110ps)、同エレクトロキャブ仕様(最高出力115ps)、同ECGIターボ仕様(最高出力150ps)の4種類で、ディーゼルは2L直4(最高出力66ps)。ミッションは5速MTの他、ガソリンNA車には3速トルコン式ATも設定。

1990年登場。
GMのグローバルカー構想が中止となり、2代目はスバルからレガシィのOEM供給を受けることに。
名称は「アスカCX」に。
スバルのお店でレガシィを買えば済むものの、わざわざいすゞでコレを買う意義が想像できません。

1994年の3代目からは、ホンダの5代目アコードのOEM供給となる。
CXというサブネームが外れ、再び「アスカ」の名称に。
いすゞの迷走っぷりを表現する良い見本。

1997年4代目は、引き続きホンダの6代目アコードのOEM供給。
本家アコードとの違いはフロントグリル・サイドエンブレム・トランクエンブレム・専用ホイール・ステアリングホーンスイッチのロゴ程度で、アコードとの違いはほとんど無い。
エンジンヘッドカバーはホンダのロゴが消されVTECだけ表記されている。
2002年9月に、いすゞの乗用車事業完全撤退とアコードのフルモデルチェンジに伴い、販売終了。

1986年登場の変態バンの正体は、スズキ・カルタスバンのOEM車。
カルタスバン自体レアであるが、違いはグリルがボディ同色になった事といすゞマークが付いた位で、ほぼカルタスバンと同じ。
エンジンは1000ccのG10型で4速MTのみの設定。
ちなみに、この型の本家カルタスは、「舘ひろし」が『オレ・タチ、カルタス。』と意味不明なキャッチコピーで宣伝していた。

スバル・レオーネバンのOEM。
レオーネバンとの違いは、グリルとエンブレムのみでほぼレオーネバンと同じもの。
エンジンは1600ccガソリンエンジンのみ。駆動方式はFFとパートタイム4WDの2タイプを用意。ミッションは5速MT、FF車には3速ATの設定があった。

1997年登場のSUV変態部門代表選手。
スペシャルティカーとSUVという異なるジャンルを融合させたクロスオーバーモデルの先駆け。
車名の由来はVehicle(乗り物)とVision(未来像)とCross(交差)を合わせた造語。
少量生産が前提で、コンクリート製の金型を使って藤沢工場でほぼ手作りされていたというエピソードからしてレア。

1997年登場。日産エルグランドのOEM供給車。
それ以外に書くことが思い浮かばないモデル。

ホンダ史上最大の失敗作がコレ!
最大の特徴は、高性能空冷エンジンを搭載した事!
空冷から水冷へと推移していく時代の中、本田宗一郎氏は断固として空冷エンジンにこだわった。
115馬力という高出力を発揮するオールアルミ製1.3Lリッター直列4気筒は、ファンでエンジンの高温になる部分を強制的に冷却するという「一体式二重空冷システム」を採用。また潤滑機構にこれまたF1マシン譲りのドライサンプを採用するなど、間違いなく世界最強エンジンだったが、販売は不調に終わってしまった。

オープンタイプの軽トラ。
正しい名称は「バモスホンダ」で、歴代ホンダ車中で唯一車名が先となるネーミング。
そのユニークなスタイルから、円谷プロの特撮映画『ジャンボーグA』にバモスI世、II世として登場。

乗員用のドアは一切なく、代わりに転落防止バーが備わる。シートは前後ともにベンチシートで、シートベルトは2点式。

幌が座席部分のみの「バモス2」(乗車定員2名)と「バモス4」(乗車定員4名)がそれぞれ32万1,000円と35万1,000円。
荷台まで幌で覆われた「バモスフルホロ」(乗車定員4名)が36万9,000円。

初代ホンダ・シティの中でもレア中のレア。最廉価版裏グレードが、このプロである。
「PRO-T」が2人乗り、「PRO-F」が5人乗りで、いわゆる4ナンバーのバンタイプ。
外見は、フロントグリルが鉄板プレス成型の専用デザインとなり、サイドモールは省かれている。
バンパーは無塗装の黒いプラスチック製。
ホイールはスチール製12インチ。

1980年代にホンダが技術提携していた、英国のオースチン・ローバーと共同開発した車種。シビックとアコードの間を埋める中途半端な位置付けが災いし、レア車街道まっしぐら。
4ドアと5ドアがあったが、5ドアはさらにレア。
ローバーでも同じ車を200シリーズとして売っていたらしい。

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