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”ジェリー藤尾”さんの現在。芸能界最強男の波乱万丈人生。特選画像・最新情報(随時更新)

ジェリー藤尾さん。子供のころ、テレビでよく拝見していました。今現在、老人ホームに入居の傍ら、芸能活動を行っているようです。

更新日: 2018年10月07日

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ジェリー藤尾さんの現在

ジェリー藤尾さんですが現在は千葉市内の有料老人ホームで生活しているそうです。老人ホームは身寄りがいない、世話をすることが出来ないなど仕方なく入る施設というイメージですよね。ところがジェリー藤尾さんは違いました。ジェリー藤尾さんには娘が2人いますが、「面倒を見てもらうつもりはない」と自ら入居したそうです。

ジェリー藤尾さんの最強伝説

ジェリー藤尾といえば1970年代、妻とふたりの娘を伴ってテレビの歌番組やCMにたびたび登場。その姿は当時の日本の“幸せな家族”そのものだった。

ジェリー藤尾さんは、若い頃に親御さんを亡くし、またその容姿から謂われなき差別を受け、傷付いた若きジェリーさんはグレて相当暴れまわっていたそうです。

高校2年生のときに学校を中退して、芸能界へと足を踏み入れたジェリー。1961年に歌手デビューすると、翌1962年に発売した『遠くへ行きたい』が大ヒットして一躍スターの仲間入りを果たす。

1958年、水原弘とブルーソックスのシンガーとして日劇のウエスタンカーニバルで初舞台を踏む。翌年、映画『檻の中の野郎たち』で映画初主演、その後も黒沢明監督の『用心棒』に出演し、更にテレビにも出演するなど幅広い分野で活躍する。

1961年、シングル『悲しきインディアン』でレコードデビュー後、1962年にNHKの人気番組『夢であいましょう』から生まれた『遠くへ行きたい』を大ヒットさせ、日本レコード大賞候補曲、作曲賞を受賞。その後も『ダニー・ボーイ』『土佐の一本釣り』『指笛の丘』などをヒットさせる。

愚連隊の用心棒をやっていた過去から、結婚するまでの間は、日本の芸能界で一番喧嘩が強い男と言われていた。

ジャズ喫茶でエルヴィス・プレスリーの『ハウンド・ドッグ』を飛び入りで歌ったところ、これが所以でマナセプロダクションからスカウトされ、芸能界入り。

港区・麻布で、友達と飲んでいたときに、全く面識のないヤクザに外に連れ出されて、ナイフで切りつけられ、首と目の上に全治2週間の怪我を負う事件にあっている。このとき、藤尾も反撃し、相手に全治10日の傷害を負わせ、書類送検された。

ジャズ喫茶に行った帰りに、3人組のヤクザにからまれたときは、相手の前歯4本と肋骨3本をへし折って、返り討ちにしたが、直後に来た警察に、過剰防衛で逮捕されてしまったという武勇伝がある。

1964年、当時20才のアイドル歌手だった渡辺トモコ(現・渡辺友子)と大恋愛の末に結婚。

おしどり夫婦の代名詞ともいわれ、田園調布の一等地に豪邸を構え、ふたりの娘も誕生。

家族で『オールスター家族対抗歌合戦』などバラエティ番組へ出演、1974年からはトヨタ・カローラのCMへ出演して「円満な芸能人一家」として広く知られていた。

1985年に入り夫婦の不仲が報じられ、同年末に渡辺が家を出るかたちで別居。

1986年7月に正式離婚。その理由は「夫と妻の収入が逆転した」「夫のDV、酒びたり」「妻の両親と夫の不仲」などさまざまに報じられた。まさに“泥沼の離婚劇”だった。

離婚原因はジェリー側にあるとする報道があふれる中、しかし娘たちは父を選んだ。世間のバッシングが身にこたえていただけに、娘たちの選択にジェリーは思わず涙をこぼしたという。

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