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あの牽制死が最後のプレーに…走塁の神様・鈴木尚広選手引退へ…

巨人・鈴木尚広外野手(38)が、今季限りでの現役引退を決意したことが12日、分かった。

更新日: 2016年10月14日

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syatohanさん

◎巨人・鈴木尚広選手が今季限りでの現役引退を決意

巨人・鈴木尚広外野手(38)が、今季限りでの現役引退を決意したことが12日、分かった。

1978年4月27日、福島・相馬市生まれ。38歳。96年、福島・相馬高からドラフト4位で巨人入団。球界屈指の快足で02年に1軍デビュー。以後、足のスペシャリストとして活躍。08年にはゴールデン・グラブ賞を獲得。15年には初のオールスターに監督推薦で出場した。通算1130試合、打率2割6分5厘、10本塁打、75打点。通算228盗塁で、通算盗塁成功率8割2分9厘0毛は、200盗塁以上の選手で歴代トップ。180センチ、78キロ。右投両打。年俸6000万円。

◎走塁の神様!代走最多盗塁男・鈴木尚広選手

9月には通算盗塁成功率が8割2分9厘0毛となり、広瀬叔功(南海)の8割2分8厘9毛を抜き、200盗塁以上の選手で歴代1位に立つなど、今季も失敗なしの10盗塁。

◎1996年にドラフト4位で巨人に入団

鈴木は96年ドラフト4位で巨人に入団。走力を生かすために左打ちにも取り組み、外野手に転向。

◎2002年、代走の切り札として1軍に昇格

02年に代走の切り札として1軍に昇格し、4月2日の中日戦(ナゴヤD)で初出場。

◎初盗塁をマークし伝説が始まった

同14日の中日戦(東京D)で初盗塁をマークし、ここからスピードスターとしての伝説が始まった。

原辰徳前監督が就任した2002年から代走の切り札として一軍に定着。「原前監督に出会っていなければ、今の僕は絶対に存在しない」と感謝の思いを口にした。

◎チーム内外から一目置かれるストイックな選手

毎日、一番乗りで球場入りし、準備を続けて機会を待った。「体力、技術だけでは成功しない。準備して心も鍛えないと、“ここぞ”では力を発揮できない」と言い続けていた。

スピードスケートなど異種目のトレーニングを導入するなど、パフォーマンス向上のために努力を惜しまず、毎日時間をかけて入念に準備するなど野球に対する真摯(しんし)な姿勢は、チーム内外から一目置かれる存在。

◎特筆すべきは鈴木選手が盗塁数の大半を代走として記録していること

代走としての起用が主の鈴木が盗塁を決める場面は、試合終盤の勝負どころがほとんど。そうしたプレッシャーのかかる場面で、これだけ高い成功率を記録している鈴木の技術の高さと精神力の強さは驚異的というほかない。

◎代走最多盗塁でプロ野球トップに

◎2016年の9月には盗塁成功率で歴代トップに!!

この盗塁で同外野手の盗塁成功率は、82.91%(228盗塁、47失敗)となり、広瀬叔功(元南海)の82.89%を上回り、盗塁成功率で歴代トップに立った。

◎そして、CS進出の巨人、ファーストステージ第3戦…

同点の9回、先頭の村田がDeNAの左腕・田中から遊撃内野安打で出塁。この試合で左膝に死球を受けていた主砲は、痛みをこらえて激走し、ヒットをもぎ取った。

◎もちろん、代走は鈴木尚広選手!

◎横浜・田中投手が一塁へ巧みな牽制!

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