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都連会長を何故引き受けたのか?

端から見ていて、損な役回りをよく引き受けるなと気になっていた人物”下村博文”さんについて人物像をまとめてみました。オリンピック問題で責任の所在が不明確な中で唯一逃げなかった人。

更新日: 2018年03月19日

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43re97fgさん

批判されることがわかっていたと自民党の東京都連会長をなぜ引き受けたのか?
困難な状況でも都連会長を引き受けた下村博文議員。その人物についてまとめました。

9歳である幼少の頃、父親を亡くし3兄弟の長男として母のパート収入を支えるために新聞配達をして生計を助けていた。

なんでそこまで教育にこだわるのでしょうか?

下村博文氏の政治家デビュー直後から親しい支持者の方々などからお話を聞いたことがありますが、昔から文科大臣になると発言されていたそうです。下村氏の発言などを見ていると、どうやら自身が貧しい中で勉強してきたことから、貧困による教育格差を無くしたいという気持ちが強いようです。しかし、生活が厳しい中から下村議員は早稲田に進学しているのですから生半可な努力ではありませんね。

日本育英会からの特別奨学金で自身が助けられた。

苦難の道を引き受けることに抵抗がないのではないか?

国立競技場問題ではまさか、選挙を支援したはずの舛添要一元都知事から責め立てられ、混乱していた国立競技場問題について表に立って説明をきちんとしていた。舛添元都知事の起こした問題で都知事選になり、自民都連が責め立てられ選挙で惨敗。責任を取って役職を辞任するも、誰もやりたがらなかった都連会長を引き継いだ。メディアからは総攻撃、ネットでも総攻撃をうけることは想像できたでしょうに、よく引き受けたもんです。

実の息子はイギリスへ?教育行政の第一人者が息子を留学させた理由。

実は下村議員の長男は学習障害児。ディスクレシアという読み書き障害や難読症と呼ばれる障害です。下村氏自身は塾経営も行いつつ、生徒に勉強を教えてもいたので、教育には自信があった。しかし、我が子には漢字を覚えさせることも出来ずにひどく悩んだということである。学習障害という問題に気付けたのは子供が成長していく過程であった。そして、日本には学習障害に対応できる制度が当時ないことにも気づいたのである。そのためにイギリスに息子を送ったのである。

ディスクレシアの長男を受け入れ、育てる教育施設は日本には存在しなかった。そこで、下村は十一歳になった長男を、ディスクレシアに対応できるロンドンの学校に留学させた。金持ちの息子だからできる、日本の教育を馬鹿にしていると感じた有権者から非難されることもあった。しかし、子供にとって重要なのは教育だった。ディスクレシアを受け入れてくれる環境にない、日本の教育では、長男の将来を潰してしまうかもしれない。そんな危機感があったのだ。

さらに様々な教育問題への取組みへ

離婚した過程でも子供に不自由なく教育の機会を与えていくことの重要性と支援の形を講演しています。動画は2010年なので、自民党野党時代の話です。

文科大臣という印象が強い下村博文さん。何故、文科大臣で活躍できたか納得できました。今後もまた教育の場で活躍してほしいと思います。

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