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ラーメン二郎の創業者がユルすぎる…w

ラーメン二郎の生みの親、山田拓美さん。ラーメン二郎のことは知っていても、創業者のことを知らない人は多いはず…かなり気さくなおじさんのようですw

更新日: 2016年10月18日

AMIAYAさん

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あなたはご存知だろうか…

もはや説明不要のラーメン二郎。その生みの親こそが山田拓美さんなのだ。

1968年に山田さんが創業。何度か移転を繰り返した後、現在の慶応義塾大学の目の前に三田本店が居を構えたのが1996年

その名の通り、ラーメン二郎の総本山です。創業者の山田拓美氏のお店です

ファンからは総師とも呼ばれている。

この総師…かなりユルい人だったw

和食職人であった山田氏は「ラーメンぐらい作れるだろう」と軽い気持ちでラーメン店を開いたものの、1日18食程度しか売れなかったと当時を振り返る

結果は惨敗。

修行後、となりの肉屋から残りのガラをもらってグツグツにて、色々あれこれ載せるのは面倒だから八百屋から野菜クズをもらってきて野菜をわっと載せてやめる気だったからヤケクソ

で、スープができた。美味しかった。そうしたら3週間くらいであっという間に繁盛しだした。当時は一人で200杯出した

ここから一気に売れだした。

店名の由来や、あの変わった社訓も

当時人気のインスタントラーメンにちなんで「ラーメン次郎」と名付けたが、三田に移転した際に「二郎」になってしまった

ペンキ屋が新店舗の看板の「次郎」とすべきところを間違えて「二郎」と書いてしまったことから、以降はそのまま「ラーメン二郎」表記で通している

ペンキ屋さんが間違えてたらしいw

なかなか衝撃的な社訓ですね。というか、そもそも1番の「週末は釣り、ゴルフ、写経」は社訓なのでしょうか

いくら支店が頑張っても、総師にはかなわない…

「なぜかと言いますと、最後にお客さんに出す時に丼に入るこの親指。親指の味は永遠です。私は永遠に丼に指を入れます。」

もちろん、冗談交じりに語った内容ですw

僕が二郎に求めるのは三田本店の総帥の親指が最後まで浸かっていて温もりを感じるこのアブラでベトベトな丼だから pic.twitter.com/HvjKrS4z9b

親指が入ってこそのラーメン二郎なのだ。

ラーメン二郎の創業者の山田拓美氏は今も健在で、昭和48年の開店以来、よくも飽きずに…というくらい同じラーメンを作り続けているが、ラーメンの味の創造において、世界中どこを探しても、現在彼以上の表現者は一人もいない。

三田本店では、総師と弟子のユルい会話が楽しめる

客「この間の健康診断で血圧が101だったんだけど・・・医者が言うには二郎食べてそれなんだから大丈夫と言われました」
店主「その医者はヤブだよ。普通なら二郎控えろって言うよ。いっひっひっ・・・」

店内では山田総帥が弟子と楽しげに喋りながらラーメンを作っていて、この声がお店のBGM状態

初めての三田本店だったんだけど、山田拓美総帥が、野菜の仕入れの人の小言を若い店員と楽しげに話してたり、冷蔵庫からコアラのマーチを出して食べたりしててよかった。

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AMIAYAさん

どや~~~~( ・´ー・`)

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