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日本史上最悪のサイコパス..北九州監禁殺人事件・松永太の生い立ち

人の弱みにつけこんで自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害し、死刑囚となった松永太。北九州監禁殺人事件を引き起こした彼の生い立ち・人物像をまとめました。

更新日: 2019年05月03日

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firk12さん

他に例を見ない凶悪重大性と評された「北九州監禁殺人事件」の主犯。

◼︎北九州監禁殺人事件

人の弱みにつけこんで金を巻き上げ、マインドコントロール下に置き、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた。

拷問と虐待によってマインドコントロール下に置き、お互いの不満をぶつけさせることにより相互不信を起こして逆らえなくし、被害者同士で虐待をさせることで相互不信を一層深くさせ、自分の手は汚さずに用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた。
裁判では6人の殺害と1人の傷害致死。

犯罪史上稀に見る凶悪犯罪とされ、第一審で検察側は「鬼畜の所業」と厳しく非難した。

2011年12月、最高裁判所によって主犯・松永の死刑が確定した。

非常な残虐性・悪質性にもかかわらず、事件に報道規制がかけられたとされ、事件の知名度は高くない。

当初は地元の報道機関を中心に報道をしていたが、途中から報道機関が自主規制して報道量が少なくなり、全国の報道機関での集中報道に結びつかなかったといわれている。

◼︎幼少〜学生時代

1961年4月28日生。北九州市小倉北区出身。実家は畳屋。

7歳の時に父が実家の家業を引き継ぐため柳川市に転居

小学校の全学年で殆どの科目でオール5

学級委員長や生徒会役員を務めていた。

中学校1年生時には校内の弁論大会で3年生を差し置いて優勝

高校に進学し風紀委員長になるも、不純異性交遊が発覚して男子校に転校させられた。

◼︎社会に出てからは所謂「悪徳商法」を繰り返していた

高校を卒業後、福岡市内の菓子店に就職するが10日で退職。

その後、父の店を受け継ぎ、家業を布団販売業に転換、有限会社化のちに株式会社にする。

1992年に指名手配されるまで詐欺商法を繰り返す

従業員には親戚、友人、知人、その知り合いなど あらゆるツテを使わせ 暴力・通電・脅し(暴力団の存在をちらつかせる)・罰金を科せ恐怖で支配していった。

◼︎人物像

病的な嘘吐きで自意識が強く目立ちたがり屋。

饒舌でいくつもの顔を持ち、エリートを演じる傾向がある。

礼儀正しく愛想が良いが、猜疑心・嫉妬心が強い(アフェクションレスキャラクターの傾向) 。

「東大卒のコンピューター技師」「京大卒の予備校講師で物理学者の逸材で小説家志望」「実家は村上水軍の当主」「兄は東大卒の医者」など様々な嘘の経歴を名乗っていた。

容姿や話術から女性から好感を持たれる魅力があり、それにより様々な女性遍歴があった。

同時に複数の女性と肉体関係を持っており、交際女性とその母親と同時に肉体関係を持っていることもあった。

◼︎死刑執行は未だにされず

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