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将棋の棋士”二上達也九段”が死去 ”羽生善治三冠”の師匠

将棋の二上達也九段が肺炎のため死去しました。羽生三冠の師匠でした。ご冥福をお祈りいたします。

更新日: 2016年11月04日

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二上達也九段が肺炎のため死去

将棋の二上達也(ふたかみ・たつや)九段が1日、肺炎のため茨城県牛久市内の病院で死去した。84歳。北海道函館市出身。4日、日本将棋連盟の公式サイトで発表された。

89~2003年、将棋連盟の会長を務めた。15年間は歴代最長期間。弟子に羽生善治三冠(46)らがいる。

羽生三冠は「師匠として将棋連盟会長としていつも大きな存在でした。将棋界に遺していただいたものを大切につないでいきたいと思います」としのんだ。

二上達也九段の経歴

1949年、17歳でアマ名人戦北海道代表となり、50年、二段で渡辺東一名誉九段(故人)門下で奨励会に入会。同年四段、52年五段、53年六段、54年七段、56年八段。入会から八段昇段まで6年というスピード昇段だった。73年九段。90年3月に引退した。

タイトル戦登場回数は26回。獲得は王将1、棋聖4の合計5期。81年から将棋連盟副会長。89年から2003年まで会長(15年間は歴代最長)。弟子に羽生善治三冠ら。

92年「紫綬褒章」。2001年「函館市民栄誉賞」。02年「勲四等旭日小綬章」。弟子に羽生善治三冠、瀬戸博晴七段。

村)52年前の名人戦七番勝負を戦う二上達也八段(当時)の写真はこちら。「無敵」だった大山康晴名人(当時)と数々の名勝負を演じました。 将棋連盟元会長・二上達也九段死去 羽生三冠の師匠:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/photo…

偉大な方なので触れさせていただきたく思います。私が将棋を覚えた頃も、二上達也先生のお名前は伺ってました。それから2年ほどで引退。連盟会長を永きに渡って務められて将棋界に大きく貢献されました。40代の時に棋聖を3連覇されてたのですね。ご冥福をお祈り致します。

二上達也さん亡くなったのか…羽生善治の師匠という印象が強いけど、ご本人も昭和棋界を代表する棋士の一人だったよな…

二上達也九段というと、48歳から49歳のころに棋聖戦で当時指し盛りだった米長、中原、加藤の3人を9連勝で圧倒したのがすごみある経歴。 shogi.or.jp/match/kisei/

#将棋 彼の前にはいつも大山さんが立ちはだかっていた。大山さんの絶頂期と重なっていなければ、タイトル5期なんてことはなかったと思う。二上達也さん逝く。合唱

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