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Twitter民が提供する『文豪の意外すぎる逸話』が面白い!

根強い人気を誇るTwitterのハッシュタグ『#文豪の逸話下さい下さい是非下さい』から、話題となっている投稿をまとめました。意外な事実が多すぎる。。

更新日: 2017年01月18日

justastarterさん

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◆以前から人気を誇るTwitterのハッシュタグ『#文豪の逸話下さい下さい是非下さい』

数多くある投稿の中から、思わず「えっ…?」ってなるインパクトの強いモノを紹介します。

#文豪の逸話下さい下さい是非下さい このタグ読んでたら、素晴らしい作品を生む人間が必ずしも素晴らしい人間である必要はないんだなって安心する

◆まずは、日本の文豪から…

小説家・英文学者。江戸の生まれ。本名、金之助。英国留学後、教職を辞して朝日新聞の専属作家となった。自然主義に対立し、心理的手法で近代人の孤独やエゴイズムを追求、晩年は「則天去私」の境地を求めた。日本近代文学の代表的作家。小説「吾輩(わがはい)は猫である」「坊っちゃん」「三四郎」「それから」「行人」「こころ」「道草」「明暗」など。

夏目漱石は執筆中に、暇を見つけては鼻毛を抜いて原稿用紙の端っこに並べて遊んでいた。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

夏目漱石の「こころ」に出てくるKという名前はモデルの誰かのイニシャルではなく、KnowなどのKを発音しないことから「存在しない」という意味でつけた #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

夏目漱石は英語、漢文、日本の古典、に通暁するインテリでしたが、自然科学方面は、まるっきり無知で、お米はリンゴと同じように「木に(果物のように)なる」ものだと思っていました。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

小説家。東京の生まれ。第三次・第四次「新思潮」同人。大正5年(1916)「鼻」で夏目漱石に認められて作家として登場。新技巧派の代表作家とされる。昭和2年(1927)自殺。命日は河童忌という。作「羅生門」「地獄変」「河童」「侏儒(しゅじゅ)の言葉」「歯車」「或阿呆の一生」など。

芥川龍之介が夏目漱石の大ファン通り越して最早ストーカーレベルだった。一緒にお風呂に入った話とか後生書き残してる。中学生時代に既にその片鱗があり、オマージュで「我輩も犬である」という作品を書いてる。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

関東大震災で家族置いて真っ先に逃げた芥川龍之介 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい 奥さんに後で死ぬ程怒られたそうな

詩人・童話作家。岩手県生まれ。盛岡高等農林卒。花巻で農業指導者として活躍のかたわら創作。自然と農民生活で育まれた独特の宇宙的感覚や宗教的心情にみちた詩と童話を残した。生涯、法華経を敬信。童話「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」、詩集「春と修羅」など。

宮沢賢治は童貞のまま死んだが、春画を収集愛蔵していた。有名な話だろう。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

宮沢賢治はベジタリアンになろうとしたが誘惑に負けて駄目でした(´・_・`)という内容の手紙を知人に出している #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

宮沢賢治は溺愛していた妹が幽霊になって枕元に立ってたという話を学校で話してドン引きされた #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

小説家・評論家・翻訳家・軍医。島根の生まれ。本名、林太郎。別号、観潮楼主人など。陸軍軍医としてドイツに留学。軍医として昇進する一方、翻訳・評論・創作・文芸誌刊行などの多彩な文学活動を展開。晩年、帝室博物館長。翻訳「於母影(おもかげ)」「即興詩人」「ファウスト」、小説「舞姫」「青年」「雁」「阿部一族」「高瀬舟」「渋江抽斎」。

森鴎外が大学時代細菌の研究をしていて、潔癖症が極まり風呂場にどれほどの細菌がいるかを知って風呂場に入れず、手拭いで体を清めてた、とか? #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

文豪として有名な森林太郎(鴎外)には軍人生活がさぞかし肌に合わなかったと思われるだろうが、実は出世欲の塊で、出世コースから外れて小倉に左遷されたことを滅茶苦茶恨んでいた #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

歌人・詩人。岩手県生まれ。本名、一はじめ。与謝野鉄幹の知遇を得て明星派の詩人として出発。貧困と孤独にさいなまれながら明治末の「時代閉塞」に鋭く感応し、社会主義的傾向へ進むが、肺結核で夭折ようせつ。歌集「一握の砂」「悲しき玩具」、詩集「呼子と口笛」、評論「時代閉塞の現状」など。

石川啄木は他人から借りた金で豪遊し金がなければツケ、本代もツケ、ほとんど踏み倒し、そのくせ母親が無心したら『絶望してしまいたい』などと全力で嘆いてみせるキングオブクズだった。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

石川啄木は「働けど働けど」とか言ってるくせに全然働かなくて、金田一京介のポケットからよく金盗んでた。生活に困って森鴎外先生に頼み込んで原稿を買ってもらって、その足で遊郭に行ったりしてた。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

小説家。大阪市生まれ。東大卒。横光利一らと「文芸時代」を創刊、新感覚派の代表作家として活躍。以後、日本的美意識を追求し続け、1968年(昭和43)ノーベル文学賞を受賞。自殺。作「伊豆の踊子」「雪国」「千羽鶴」「山の音」「みづうみ」など。

川端康成は極端な緘黙で、誰か友人(著名人だったかも知れない、失念)がたずねてきたとき2時間一言も喋らず、相手が気詰まりでもう帰ろうとしたら「まだいいじゃないか」と言った。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

川端康成は菊池寛から金を借りようと、一時間ほど黙ったまま「ミミズクのような目」で見つめて200円ほど出させた。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい pic.twitter.com/twTs46XMsP

川端康成の神戸の講演会で曰く「私は講演なんか嫌いだ。だがここに連れて来られた。顔だけでも見せてくれと言うから顔だけ見せます。ここに一時間いるからよく見てくれ」で、ほんとに演壇に一時間無言で居続けた…… #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

小説家。青森県生まれ。本名、津島修治。自虐的かつ道化的精神と絶妙の語りで人間の偽善を告発する作品を次々に発表。戦後は無頼派文学の旗手として活躍した。玉川上水で入水死。代表作「桜桃」「斜陽」「人間失格」など。

走れメロスは太宰治の実体験を元にした作品だが、友人を人質に単身で熱海から東京まで戻ったのは熱海旅行での交遊費、宿泊費を支払うためであり、更に言えば、太宰は熱海へは戻らなかった。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

太宰治は芥川賞がどうしても欲しかったから選考委員会に媚を売りまくった。しかし選考委員の川端康成が『太宰は人間として欠陥がある』との理由で待ったをかけた 。怒った太宰は川端に『小鳥と歌い、舞踏を踊るのがそんなに高尚か。刺す』との手紙を送った。 #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

芥川賞に落ちた太宰治は激怒し、「川端を刺す!ふざけんじゃねえよ」的な抗議文を送りつけたので、川端康成は急遽説明文を投稿するハメになった。それによると作品は第一回の多数決で既に落ちており、論外だった。なお、川端は「私生活の件は言いすぎた」と謝った #文豪の逸話下さい下さい是非下さい

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justastarterさん

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