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MAP:伊弉諾神宮と太陽の動き(淡路島) 国譲り伝説と四国の神々

伊弉諾神宮を中心とした太陽の動きを観察すると、伊弉諾神宮から南東の正確な方角に、主要な神社がありませんよね。少し外れている花の窟神社は、磐座を神社と呼んでいるだけの存在です。じつは そのライン上の山中に祭祀用の地下神殿が存在するのです。http://bit.ly/2fLyiH4 #息長氏

更新日: 2017年05月20日

mmlさん

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各神社は、記紀神話の伝承に合致するよう配置されている

各神社は、記紀神話の伝承に合致するように 意図的に 夏至 春分・秋分 冬至の 日の出と日の入りの方角に 配置されています。

ただし、熊野の神社は この地域特有の豪雨による土石流災害で消失。
移転を余儀なくされてしまったため、欠落しています。

出典i2.wp.com

※『日本書紀』・『古事記』には、「故其伊耶那岐大神者坐淡路之多賀也。」国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島多賀の地の幽宮(かくりのみや、終焉の御住居)に鎮まったとあり、当社の起源とされる。 伊弉諾尊の幽宮と伝わる場所は、他に滋賀県の多賀大社がある。

徳島:
http://bit.ly/2f5hJ4F
http://bit.ly/2g0vbrr

◎当時の測量器具は 「銅鐸」と「銅鏡」 だった

「エジプトの優れた測量術は、一緯度(約111km)長を基本単位として描かれた、奈良の都を守護する「近畿の大五芒星」という形で集大成されています。」

畿内の大五芒星 - Google マップ http://t.co/C5kD8DQb
銅鐸は測量用の器械であることを検証・http://bit.ly/2fn3j3G
※銅鐸と銅鏡が測量機材で、当時日本に1緯度の測量技術をエジプトから倭人が伝えていた事実が不都合な人達がいるようです。

銅鐸は測量用の器械であることを検証・http://bit.ly/2fn3j3G
「銅鐸は、紀元前2世紀から、紀元2世紀に至る弥生時代の約400年間、日本列島で使われていたが、その後姿を消した、謎の青銅器である。その用途も不明で、研究者の多くは祭祀に使われたのだろうとみてきた。」

✎祭祀場の配置 (元稿が方角に沿う順番の記載ではありません)

須我神社 :
夏至の日没の方角にある神社。

出雲大社が この位置に来ると思っている人が 多いようですが、ほんのわずかですが 角度がズレています。「須我神社」こそ、「スサノオが住んだとされる日本初の宮」で、「本当の出雲」です。と言っても、本当の出雲は こんな場所にはなくて、記紀神話成立後に後から建てたものです。

※関連:「素戔嗚の神話が出雲のものでないことは、出雲風土記に痕跡すら見られない事から明らかです。じつは、日本で雨が多く台風などで深刻な深層崩壊が起こったり、堰き止めダムが決壊して大蛇のように河川が大暴れして人命を奪って怖れられている地域は、出雲ではなく紀州です。」http://bit.ly/2fO22RK

飛鳥

たとえば「明日香」と「飛鳥」や「天疎向津姫」と「日向の姫神」が、なぜ同じ言葉なのか説明できない現代人がほとんどです。

※飛鳥といえば・・http://bit.ly/2fpRVBF

伊勢内宮

伊勢の内宮は、海人(海洋交易民)の代表者を自称した大海人皇子(天武天皇)が武装蜂起したときに、伊勢の神とそれを奉斎する人々が強力な後ろ盾になったことで創建されています。

「およそ2000年前、垂仁天皇の御代から五十鈴川のほとりに鎮まります皇大神宮は皇室の御祖先であり、我々国民から総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りしています。」

✎夏至の入り日ライン

須我神社
夏至の日没の方角にある神社。

出雲大社が この位置に来ると思っている人が 多いようですが、ほんのわずかですが 角度がズレています。須我神社こそ、スサノオが住んだとされる日本初の宮で、本当の出雲です。

と言っても、本当の出雲は こんな場所にはなくて、記紀神話成立後に後から建てたものです。

花の窟神社:
冬至の日の出の方角にある磐座。

伊弉冊尊の御葬所とされる磐座を祀った神社です。

「花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵です。」
http://hananoiwaya.com/hananoiwaya/houmotsu_img/hanga01.gif

✎淡路伊勢東西ライン

神島

何の変哲もない瀬戸内海の島ですが・・・故あって情報公開できない ある重要なものが、神島には存在します

何の変哲もない瀬戸内海の島

出石神社:但馬国一宮

「数ある神社のなかには ≪偶然真北に位置するもの≫もあるだろう」と思う人もあるでしょう。でも、朝廷が決めるのですから、一宮は 偶然そこに建っているようなものではありませんね。

「祭神、出石八前大神・天日槍命。社伝によると垂仁天皇の時、天日槍命が来朝し、当地を開拓したので、その徳を敬慕し、命が奉持していた八種の神宝を八前大神として祀った。」

南北ライン

一緯度長111kmとの誤差わずか
「出石神社」但馬国一宮。

諏訪大社上社本宮

夏至の日の出の方角にある神社。

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黒住玲さんのまとめ:「息長氏の斎皇家」は天武天皇が遁甲で隠した日本の真の国体、皇室と斎皇家の関係、日本の国号と国旗が定まった経緯。人工補助脳システムを構築するアプローチ、(遊び人の玲さん)