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元阪神タイガース”辻本賢人”選手の野球人生の足跡と現在

辻本賢人さんて覚えてますか?史上最年少でドラフト指名され、阪神タイガースに入団し、一躍有名になりました。しかし、その後はあまり名前を聞くこともありませんでした。そこで、辻本さんの、その後の野球人生と現在について調べました。

更新日: 2018年09月12日

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辻本賢人さんのプロフィール

名前:辻本 賢人
生年月日:1989年1月6日
出身:兵庫県芦屋市
出身高校;箕面自由学園高等学校
身長:181cm
体重:77kg
元所属:阪神タイガース

父はザ・リアルマッコイズ代表取締役社長。箕面自由学園高等学校時代は、アメリカンフットボールのエースクォーターバックだった。母方の祖母はドイツ人で、本人はクオーターである。

辻本賢人さんの人生の足跡

ボーイズリーグの兵庫尼崎ではダルビッシュ有と何度も投げ合い、エースとしてジャイアンツカップ全国少年野球大会3位入賞を果たした。

中学1年時に単身アメリカに渡り、ネブラスカ州オマハのチーム「ペースセッター」で全米大会出場。元読売ジャイアンツのクライド・ライトが投球を見て「この子は本当に14歳なのか」と驚いたという。

2004年8月にカリフォルニア州のマタデーハイスクールで日本の義務教育に当たる9年生課程修了。同年秋のドラフトで、阪神タイガースに8巡目で指名され入団。15歳での指名はドラフト史上最年少だった。

しかし5年間在籍したものの故障などもあり 一度も一軍で登板すること無く 2009年10月には戦力外通告を受けてしまいます。

2009年はキャンプ前に第5腰椎を疲労骨折したこともあって二軍でも登板機会がなく、10月1日に球団から戦力外通告を受け、10月30日自由契約公示された。合同トライアウトではスカウト陣から「球が遅すぎる」「フォームがバラバラ」など厳しい指摘を受けた。

2010年4月、アメリカの独立リーグ・ゴールデンベースボールリーグのトライアウトに参加し、阪神時代を超える最速146km/hを記録。同リーグのマウイ・イカイカからドラフト1位指名を受け入団した。

常夏の島では厳しさも味わう。一般家庭でのホームステイ。1カ月1000ドルの薄給だった。貯金を切り崩し、生活費を稼ぐため、イベントを仕切るアルバイトもした。

2011年2月7日、ニューヨーク・メッツからマイナー契約のオファーがあったと報道され、3月3日にメッツとマイナー契約を結んだ。

2013年5月、ニューヨーク・メッツを解雇された。

辻本賢人さんの現在は?

辻本さん現在は翻訳の仕事をされているとのこと わずか中学1年生の時から海外で活躍されているので 英語の基盤はしっかりされていたんだと思います

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