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カンボジアでPKO日本人警察官(高田晴行)の殺害事件まとめ

カンボジアでPKO日本人警察官(高田晴行)の死亡事件。

更新日: 2017年06月18日

misukiruさん

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高田 晴行(たかた はるゆき)は、カンボジアで文民警察官として任務中に殉職した警察官。階級は警部補(殉職後、二階級特進で警視)。

◆カンボジアで日本人警察官が銃撃された事件

10人程度とみられる武装ゲリラは、先頭車両を対戦車ロケット弾で攻撃し、車列が停止すると、自動小銃で一斉射撃をした。オランダ海兵隊も応戦したが、現場で高田警部補が死亡、他の4人の日本人文民警察官も重傷

◆十分な武装ないままに強引に派兵

武装勢力に襲われてカンボジアで日本人文民警察官が死亡しました。

高田君は要するに自衛隊と違って、丸裸で、オランダ軍に守られながらやってたもんだから、ポルポトが襲ってきたとき、パーッと…守ってたオランダ軍は逃げちゃったんです。

*この時の警備は、オランダ軍の武装兵士が先頭車両に1台のみで、オランダ軍も打たれて負傷しています。

オランダ軍にお願いしますとお願いしたら、真っ先に守ってくださるべきオランダ軍に逃げられてしまった、これで高田君が犠牲になった、これ、事実でしょう。

護衛のオランダ軍はすぐに逃げだせたが、高田警部補が乗った車(トヨタの白いランドクルーザー)は側溝に落ちて逃げ出せなかった。

◆岡山からカンボジアに赴任

1982年専修大学卒業後、同年4月岡山県警察警察官に任官され、岡山東警察署や井原警察署等で勤務。機動隊に所属していた1992年10月、国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の文民警察官に応募

1993年5月、カンボジア北西部のバンテイメンチェイ州アンピル村でポル・ポト派とみられる身元不明の武装ゲリラの攻撃を受け殺害された。

◆UNTAC中田厚仁の殺害事件

大学卒業後の1992年5月、中田は国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が1993年5月にカンボジアで実施予定の総選挙を支援するボランティア(国際連合ボランティア(UNV))に採用され、7月にカンボジアへ渡った。

1993年4月8日、中田はプラサットサンボ郡を自動車で移動中、フィル・クレル村の域内で何者かによって拘束・射殺された。

UNVの同僚であったイブラハム・ガーニーによると、殺害直前、プラサットサンボ郡ではガーニーと中田が殺害されるという噂が広まり、事件発生2日前の4月6日には、普段来訪者の多い中田の事務所に立ち寄る者がいなくなるという現象が起こっていた。

犯行の動機としてUNTAC側は、プノンペン政権に所属する軍人と深い関わりのある人物の採用を中田が取り消したことに対する恨みを挙げている。

インドネシア軍は当該時間帯に外出する際には護衛につく旨を申し出ていたが、中田は殺害当日を含め一度も護衛を依頼したことがなかったという。

中田の遺族は葬儀のためにカンボジアを訪れた際に、明石康に対し直接、事件に関する調査報告書を提出するよう求めたが、実行されないままUNTACは解散した。

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