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キング・オブ・カルト映画!! 「ロッキー・ホラー・ショー」の魅力

「ロッキー・ホラー・ショー」…■監督ジム・シャーマン■原作リチャード・オブライエン ■出演ティム・カリー バリー・ボストウィックスーザン・サランドン リチャード・オブライエンジョナサン・アダムス ミート・ローフチャールズ・グレイ パトリシア・クイン

更新日: 2018年02月18日

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ロッキー・ホラー・ショーって?

■監督
ジム・シャーマン
■原作
リチャード・オブライエン
■出演
ティム・カリー
バリー・ボストウィック
スーザン・サランドン
リチャード・オブライエン
ジョナサン・アダムス
ミート・ローフ
チャールズ・グレイ
パトリシア・クイン

1975年のブリティッシュ・ミュージカル・ホラー映画。
リチャード・オブライエン原作の、ホラー・ミュージカル舞台劇『ロッキー・ホラー・ショー』を映画化した作品である。尚、本作のジャンルは、ホラー映画ではあるが、全編を通してミュージカル映画としての構成になっており、全体的にコメディタッチで描かれている。

史上はじめてカルト映画と呼ばれ、一部のマニアに熱狂的な支持を受けた映画です。
ホラーとはいっても、まったく怖くないというかホラー要素はゼロです。
しかも元々は英国の舞台を映画化したロック・ミュージカルだったりします。

映画「ロッキー・ホラー・ショー」こそ、応援上映の原型だよね。 久々、舞台があるので、初日見にいく事に決定!! 昔、ロッキーをトリビュートした舞台を下北沢スズナリで見た。その後映画のレイトショー大会でその面白さを知る。ロンドン行った時舞台も見た。

映画『ロッキー・ホラー・ショー』★★★3.4点。 うわー!おしゃれー! タイトルくらいしか知らなかったけどこんな感じなのね。 もうさっぱりわからない。… filmarks.com/movies/1846/re… #Filmarks #映画

そうだね。「ヌイグルマーZ」っていう映画自体、オペラ的というか、ロック映画的なものを目指したところがあると思うんですよ。「ロッキー・ホラー・ショー」とか「ファントム・オブ・パラダイス」とか「トミー」みたいなノリというか。映画を観てて「音楽の当てはめ方がうまいな」って思ったもん。

ロッキーホラーショー。冒頭から妙な魅力がある。変な人らの変なダンス。ロッキーとあるけど、これはフルター博士の愛人の人造人間。このフルター博士がまた強烈なんだ。横暴でわがままなんだけど終幕の哀愁はなんとも言えず…SFとナイトショーへ… twitter.com/i/web/status/9…

初めてロッキーホラーショー見てるんだけど、なんというか、すごく好き

そう言えば最近DVD増えたんすよ。 ロッキーホラーショーいつでも見れるふううぅぅぅ\\ ٩( ᐛ )و // pic.twitter.com/ztLkRLo9PN

『アマデウス』と『ロッキーホラーショー』を立て続けに観たんだけど、わたしの好みは断然ロッキーホラーショーだった。アマデウスもすごく良かったのだが、重厚で荘厳なオペラのあとにノリノリなロックンロール・ミュージカルを観てしまったのがなあ

ロッキーホラーショー あらすじ

たったいまめでたく婚約したばかりのカップルが墓地の中で、幸せにはちきれそうな胸のうちを歌いだす。ブラッド(バリー・ボストウィック)とジャネット(スーザン・サランドン)の二人である。その二人を、意地悪くスライドに映して眺める人物があった。このドラマの狂言廻しである犯罪学者(チャールズ・グレイ)だ。さて愛のカップルは、激しい雷雨をついて婚約を恩師に報告に向かうが、あまりの激しい稲妻。怖れおののく二人の眼の前には巨大なフランケンシュタインの城がそびえ立っていた。電話をかりられれば、と期待を抱いてその城に招き入れられた二人、案内人は世にも怖ろしい形相のセムシ男リフ・ラフ(リチャード・オブライエン)だった。城内は、トランシルヴァニア人なる多彩なゲストを招いて時あたかもダンス・パーティの真最中。リフ・ラフとその妹のマジェンタ(パトリシア・クイン)、そして男装まがいの娘コロムビア(リトル・ネル)、まるで気狂い屋敷のようなこの城から一刻も早く退散しようとした二人は、異形の黒マントの怪人でこの城の主、気狂いドクターのフランクフルター(ティム・カリー)に押し止められてしまう。

そこでは奇妙な人々がパーティーを催していました。二人トランシルバニアからやってきた性倒錯者だと自称するフランクン・フルター博士(ティム・カリー)の魅力の虜になってしまいます。パーティーには召使のリフ・ラフ(リチャード・オブライエン)とその姉で家政婦のマジェンダ(パトリシア・クイン)、そしてコロンビアという名前のグルーピー(ネル・キャンベル)なども集まっていました。
フルター博士は研究室で「生命そのものの秘密」を見つけたことを主張。人造人間のロッキー(ピーター・ハインウッド)が生まれ、ロッキーの誕生を祝うパーティーが開かれますが、フルター博士とコロンビアの前恋人エディ(ミート・ローフ)によって遮られてしまいます。

エディはコロンビアを誘惑し、パーティーに集まったトランシルバニアンたちを踊らせ、ブラッドとジャネットさえもパーティーに誘うのでした。ロッキーが踊り出し、エディの演奏を楽しみ始めると、嫉妬に駆られたフルター博士はエディーを殺害。
その夜、ブラッドとジャネットは別々の寝室に通され、それぞれフルター博士に誘惑されて関係を持ってしまうのでした。

ロッキーホラーショーの歴史

1.最初はミュージカルだった

ジム・シャーマンがプロデュースおよび演出を担当し、オリジナル・ロンドン公演はロイヤル・コート劇場のシアター・アップステアにて1973年6月16日と18日にプレビュー公演が行なわれ、19日から正式に開幕した。ロンドンの様々な会場で上演され、2,960公演ののち1980年9月13日に閉幕した。1973年、イブニング・スタンダート賞ミュージカル作品賞を受賞した。1974年、ロサンゼルスにてアメリカ合衆国初上演され、9ヶ月公演で成功をおさめたが、1975年、ブロードウェイのベラスコ劇場で上演された際、トニー賞1部門、ドラマ・デスク・アワード3部門にノミネートされたにも関わらずプレビュー公演3回、本公演45回で閉幕した。ウエスト・エンド再演、ブロードウェイ再演、イギリス・ツアー8回の他、6ヶ国の海外プロダクションも製作された。

1970年代初頭、職にあぶれた俳優リチャード・オブライエンは冬の午後の暇つぶしに『ロッキー・ホラー・ショー』を執筆した。若い頃からオブライアンはサイエンス・フィクションやB級ホラー映画に熱中し、『ロッキー・ホラー・ショー』にB級ホラー映画の何気ないユーモア、低俗なホラーの仰々しい台詞、スティーヴ・リーヴスの筋肉ネタ、1950年代ロックンロールを詰め込みたかった。当初意図していなかったが異性装が主なテーマとなった。

当初は「それはデントンからやってきた」という、SF映画のパロディのような仮タイトルがついていた。そう、この物語にはB級SFホラー映画からの引用、セクシュアルなジョーク、そしてロックンロールがこれでもかとつまっているのだ。仕事を干されて暇だった彼が曲作りを始め、その1曲目「SF映画/2本立て」を演出家ジム・シャーマンに聴かせると、ジムは感動し、舞台化を即決する。プロデューサーを口説き、63席の小劇場ロイヤル・コートのスケジュールをおさえた。物語の顔であるトランスヴェスタイトのフランクンには、リチャードとジムの共通の知人、ティム・カリーが選ばれた。そしてリハーサルの最終段階で、タイトルが「ロッキー・ホラー・ショー」に決定した。1973年6月、初演の幕が開くと、ティムの強烈ながら魅力的な存在感と、ロックンロールに彩られた、毒々しく官能的で魅力的なステージが観客たちの度肝を抜いた。

その露悪趣味全開の倒錯した世界は、当時隆盛を誇ったデヴィッド・ボウイやTレックスなどのグラムロックと共通するものがあった。ロイヤル・コートでの1ヶ月公演は大成功。 8月、映画館を改装した230席の劇場へと場所を移し、さらに500席のキングス・ロード劇場へと進出した。
 アメリカ西海岸のロック界の大物、ルー・アドラーが噂を聞きつけてロンドンまでやってきたのはその頃だった。ルーはショーを見るなり、その日のうちに上演権を獲得。翌1974年3月、ロサンゼルスの有名なライブハウス「ロキシー」でアメリカ公演が始まった。演出はジムが続投、キャストはティム・カリー以外は一新された。ライブハウスで行われるミュージカルショーというシチュエーションも功を奏し、LAのヒップな連中に大ウケした。観客の盛り上がりはロンドン以上だったという。連日満員の大ヒットとなり、エルヴィス・プレスリーやキース・ムーンといったロック界のセレブリティーも来場した。今度は20世紀フォックスの重役が噂を聞きつけ、あれよあれよと映画化が決定した。

2.そして映画へ

映画化されたのは舞台開幕から2年後の1975年。舞台からこの作品にかかわっている監督のジム・シャーマンは、有名ロックスターを使った大予算映画の提案を蹴り、オリジナルのキャストとスタッフを集めた低予算映画にする道を選んだ。フランクン・フルター城にはオークリー・コートが使われた。
ティム・カリーをはじめ、リチャード・オブライエン、パトリシア・クイン、ネル・キャンベル、といったオリジナルの個性的な面々に、スーザン・サランドン、バリー・ボストウィック、ミート・ローフなど新規のアメリカ人キャストも加わった。

日本では知名度はそれほど高くありませんが、実は有名ミュージシャンです。

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